07-03: レイミとガレリア聖教
見張り台にいた二人の兵士を下におろし、俺たちが代わりに入った。見張り台は兵士十人程度が入ってもまだ余裕のある大きさだった。
「西にはキレーネ男爵領が広がっている」
「知ってる」
ぶっきらぼうなヤミの反応に、レイミは仏頂面を見せた。コロコロと表情が変わり、正直見ていて飽きない女性だった。
「ここから東はハイザルク男爵領」
「知ってるってば」
「黙って聞け、解願師」
レイミは腕を組む。ヤミは「やだねー」とまるで五歳の子供のような反応をしていた。レイミの耳が赤くなったのがわかった。
「じ、実は一つ頼みがある」
「頼み? そんなもの、あんたらお抱えの呪術師で片付けなよ。たくさんいるんだろ」
「それなのだ」
レイミの声のトーンが落ちた。そして目を閉じて意識を集中し始める。
「よし」
目を開けたレイミはヤミを見た。ヤミは腰に手を当てて首を振った。
「盗聴の類はなさそうだね」
「うむ」
「それで、なんだい? 男爵の背後に悪い外道師がついていて、男爵がそれの言いなりになってるとかそういう話かい?」
「……な、なぜわかった」
「なんだい、図星かい」
ヤミは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているレイミを見て、意地悪く笑う。
「当てずっぽうだったんだけどね」
「くっ」
完全に手玉に取られているレイミ。見ていて面白くなってきた。
「そして、その外道師をアタシたちにどうにかして欲しいと」
「そうだ。お前たちがこっちに向かってきているのは知っていた。だから待っていたのだ」
「断る」
「そんな」
「断る」
「少し話を聞いてくれないか」
「断る」
にべもないヤミと、狼狽するレイミ。むしろかわいそうになってくる。
「し、師匠。話を聞くだけならタダですし。レイミさんもこんなに困ってるじゃないですか」
「呪術師の印象操作だ。騙されるな」
「騙してない! 断じて呪法など使っていない」
「どうだか」
ヤミはその青い瞳でレイミを見据えた。普通なら竦んでしまいそうな威力の眼光だったが、レイミは耐えた。
「私に土下座して頼めというのならしてもいい。私は男爵をお救いしたいのだ」
「土下座なんて見ても楽しくないからするな」
ヤミはそう言うと、南側を見た。俺もつられてそっちに視線を送る。万年雪に覆われた長大なジェイルムド山脈が東西方向に広がっていた。その中でも、明らかに奇怪な形の霊峰ダルフシュペントが目を引いた。
「すごい山だね」
ベスが珍しく柔らかい口調で言ってきた。一瞬、俺の心臓が大きく拍動した気がする。ベスは続けて言った。
「千年前――魔導大戦の時に、世界の陸地が形を変えた。その時に生まれた最も大きなもの、それがあのジェイルムド山脈だっていう言い伝えがある」
そうだったのか。ジェイルムド山脈はある意味人工物ということか。
「霊峰ダルフシュペントはその最初に生まれた山。もともと強力な魔力が秘められた山で。だから、このディーレニア王国には多くの呪術や魔法術の才能を持った人間が生まれるとも言われているわ。無学なあなたは知らないでしょうけど!」
最後に悪態をつけ足す辺りはいつものベスだった。でも、確かに俺はそこまでは知らなかった。
でも、このディーレニア王国が千年前に建国されて以来、版図を大きく広げ、また、南にはベルヌード大帝国、東にはハーワール帝国があるというある意味危機的な立地であるにも関わらず、三年前までは領土を一度も縮小したことがなかった。これは偏に魔法術や呪術が極めて発展していたからだ。
レイミが俺の肩に手を置いた。
「千年王国、ディーレニア。私はこの王国を守りたいのだ。今度こそ」
だが、と、レイミは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「私にはこの男爵領すら守れない。一人の外道師すら駆逐することが叶わない」
「レイミさん……」
「レイミでいい、少年」
「レアです。オルレアス」
「私はベス。エリザベスです」
俺たちが名乗ると、レイミは少しだけ表情を緩めた。
「レアにベスか。ヤミが連れているとなれば、いわくつきの子どもたちなのだろう」
「子ども扱いは心外です」
俺とベスが異口同音に言った。俺たちの視線が一瞬ぶつかった。
「子ども扱いされたくないのは子どもの特権だよ」
レイミはそう言って、またヤミに向き直った。
「私は男爵をお助けしたいのだ。だが、それには強い呪術の力が必要だ。私なんかよりもずっと強い力が」
「あんたは三年間何してたのさ」
「それは……」
「男爵に拾われるまで就職活動に勤しんでいただけなのかい?」
「それはっ!」
「まぁいいさ。いじめ過ぎたらこの子たちに怒られる」
ヤミはそう言うと、胡坐をかいて座り込んだ。俺とベスもそれに倣ったが、レイミは壁に寄り掛かって腕を組んだ。
「それで、その外道師の正体ってのは?」
「真の名は知らない。だが、メディオラと名乗っている」
「メディオラ……」
ヤミは頬を引っ掻きながら何事か思案したが、首を振った。
「知らないね」
「偽名だろう。呪術師が真の名を明かすとは思えない」
ということは、ヤミやレイミも?
俺の視線に気付いたヤミが、ニヤリと口角を上げる。
「偽名か本名かからして秘密なのさ。そもそも偽名だって使い続ければ本名と同じ力を持ってくる」
「そうなんですね。レイミも」
「私は自分の本名も知らないよ。生まれた瞬間、捨てられたからな。両親は敬虔な信徒だったらしい。そして赤子の頃からいろんなところを転々とさせられていたらしい」
「信徒って、ガレリア聖教の?」
「そうだ、レア」
ガレリア聖教というのは、このディーレニア王国の圧倒的最大勢力を誇る宗教だ。国家の重要な構成要素である「宗教」を担う大勢力であるがゆえに、現在、教会は聖域と化していた。彼らは公には、呪術を神の奇跡に反するものとして否定している。
「生まれた瞬間から呪術師の力があると分かったってのかい、あんた」
「そうらしい。だが、教会は私を見捨てなかった。私の命を繋いでくれた」
「呪術師と教会、か」
ヤミはどこか感慨深そうに呟いた。呪術師と教会が水と油なのは、俺でも知っている。教会の定めた禁忌に違反した瞬間、呪術師や外道師の所に彼らの武装組織「聖庁異端審問局」の局員が飛んできて、裁きにかけ、多くの場合、磔刑や火刑に処される――ことになっている。
「異端審問官たちがよくもまぁ、口を出さなかったもんだね」
「教会は悪魔の巣ではない。私と親しくしていた異端審問官だって何人もいた」
そこでレイミの顔が歪んだ。目尻がきらりと光った。
「……全員、呪殺された」
その時、初めてヤミの目が鋭く細められた。ようやく関心のある話を聞いた、そんな様子だった。




