07-02: レイミ・サシュ
それから俺たちは宿を出て、西の関所に向かった。そこには数多くの馬車が並び、同時に多くのハイザルク男爵の私兵がうろついていた。荷物の改めもあるらしい。
「お前たちは何者だ。名とキレーネ男爵領へ行く理由を述べよ」
近付いてきた完全武装の兵士が、俺たちに向かって声を張った。
「解願師だ。解願師のヤミ。こっちはオルレアスとエリザベス。アタシの連れさ」
ヤミが名乗ると、周囲の商人や護衛の兵士たちにざわざわと動揺が広がったのがわかった。解願師という存在について認知している人たちが、その情報を周囲に広めていた。
解願師――それは呪術師の派生であり、同時に外道師にも属する、得体の知れない力を使う存在だ。そして、中には「ヤミ」という名を知る者もいた。そういえば、父さんもヤミのことを知っていたはずだ。俺の救出を依頼していたのだから。
兵士はその動揺の意味が分からなかったのか、しばらく沈黙していたが、やがてその兜の奥から声を絞り出した。
「そのままそこで待っていろ」
「手早く頼むよ」
ヤミの言葉を聞き終わらないうちに、兵士は詰め所と思しき建物の中に消えていった。夏の陽光にげんなりしながら足止めを食らっていると、やがて詰め所から立派な軍服を身に着けた女性が姿を見せた。
長い黒髪を後ろで一本に縛った、細身の女性だった。吊り目気味の目から発される眼光は鋭く、きっちり紅を引かれた唇もまた、その表情の鋭利さに拍車をかけていた。年齢的には……ヤミと同じくらいだろうか。女性の年齢はよくわからない。
「私はこの関所の管理責任者、レイミ・サシュ。お前たちは解願師ヤミの一行と聞いた」
「その通りさ。アタシがヤミだ」
「バルーサから追放された身だと聞いている。そのあたりの事情を詳しく聞かせてもらおう」
「断る」
ヤミは明朗に言い切った。その返答に、レイミは明らかに面食らった。しかし数秒で立ち直り、腰の剣に手をかけた。
「ここは我々の領地。我々のやり方に従ってもらうぞ」
「刃をチラつかせれば、このアタシが言うことを聞くとでも?」
「師匠、何煽ってるんですか」
ベスがまっとうなツッコミを入れている。俺も同じ気持ちだ。
「とにかく詰め所に来てもらう」
「アタシたち、ちょいと急いでいるんだけどねぇ」
「先生、話するくらいいいじゃないですか」
「うるさいなぁ。アタシがそんな気分じゃないって言っているんだ」
ヤミは駄々をこねる子供のように、首を振った。呆れる俺たちを振り返り、ヤミはレイミを指差してはっきりと告げた。
「この女さ、呪術師だよ」
「だ、だから何だ。男爵お抱えの呪術師など珍しくもなかろう」
レイミは目を白黒させる。ヤミはずいと一歩近づいて、顎を上げた。長身のヤミだから、レイミには相当な圧がかかっているはずだ。
「ふぅん。で、あんたの主はどっちだい。クラッドノウト? それとも、ジムレグ?」
「無礼な! 私がそのような王国叛逆者どもの手下だと!? その言葉、取り消せ!」
「いやだ」
「なんだと!」
レイミのその表情は本気で憤慨しているように見えた。冷静そうに見えたその顔を赤くして、目を見開く。しかし俺には、さっきまでの固く高圧的な表情よりも、ずっと美しい顔だと思えた。
「私はハイザルク男爵から直々に命令を受けている! 断じて外道師どもなどに与しない!」
「はいはい、わかったわかった。悪かったよ、レイミさん」
投げやりなヤミの声に、レイミはさらに目尻を吊り上げる。
「貴様、いくらあのヤミだと言っても、その無礼は許されぬ!」
「王国騎士みたいなことを言うねぇ。あんたの名前は知ってるよ、レイミ・サシュ。三年前、国王と王妃を守れなかった呪術師部隊の隊長の一人だろう」
俺とベスが顔を見合わせる。
「あまつさえ、ジェミニア王女さえ危険に晒した」
「あれは、王室魔法術師たちが……!」
「責任転嫁はよしな」
レイミの言葉が途切れた。悔しさに唇を噛む彼女に、ヤミは氷のような視線を向ける。終始優勢を保つヤミの言葉に、痛いところを突かれたレイミは顔を歪めていた。背後に集まってきた部下たちの手前、姿勢だけは凛としていたが。
「だから、アタシはお抱えの呪術師が嫌いなんだ」
なるほど。俺は納得した。だが、レイミは悪い人ではないようにも見えた。力づくで連行することもできるはずなのに、あくまで説得でそれを為そうとしている。今、騒ぎを起こせば不利になるのは俺たちの方なのに。
「嫌いでも何でも構わん。一緒に来てもらおう」
レイミは踵を返すと兵士たちを追い払い、明後日の方向へと歩き始めた。
「どこに行くんだろう」
「城壁?」
俺とベスがこそこそ話していると、ヤミが「めんどくさー」とわざとらしく伸びをした。
「解願師! 早く来い! 拒否権はないぞ!」
レイミのイライラとした声が関所を抜けていく。すでにけっこう距離があるのに、よく通る声だった。
「先生、行きましょう」
「アタシに用がありそうだしねぇ。めんどくさいったらないよ」
「そうですよ、師匠。さっさと片付けて先に進みましょう」
俺とベスの意見が珍しく一致する。俺たちはヤミを挟み込むようにして、レイミを追った。
行きついた先は、関所の門の真上にある、見張り台だった。




