06-04: 神撃の乱殺
十数体を倒す頃には、俺もベスも肩で息をしているような状態だった。ヤミでさえ、呼吸こそ乱れていなかったが、額や頬にべったりと髪が貼りついていた。しかし、砂人間は倒しても倒しても湧いてくる。俺たちへの包囲網も目に見えて狭まってきている。
砂人間の糸は後頭部から伸びている。だから後ろを取れないと切断するのが難しい。頼みのベスも、もう何体もまとめて吹き飛ばせるような力は残っていない。
「先生、このままじゃ」
「あんたのそのゲミトルード。あんたとそいつだけが頼りだ。だが、それでは際限がない。クラッドノウトの力を封じるか、ここに引きずり出すかしないと」
それができたら苦労しない。俺は首を振る。
ヤミはじりじりと迫ってくる砂人間を前に、深々と溜息をついた。
「ヴァレス、見ているんだろう。手を貸しな」
『お願いします、と言ってもらえれば喜んで』
すぐに揶揄するような反応があった。本当にこの状況を見ていたのだ。
「死んでもお願いなんてしないよ。アタシらが死んだら困るのはあんただ」
『……まったく、強かな淑女だ』
声が降ってくる。見上げると、ヴァレスは空中に浮かんでいた。ベスを窺うと、彼女も俺と同じように間抜けな顔をしていた。俺の理性は、人間が空中にいるということの違和感を、どうにか理解しようとしていた。
「クラッドノウトは指名手配されている外道師ですからね。ジムレグ脱走を手引きした罪で」
「数多の人間を手下に殺させ、あまつさえ、その死体をこうして利用しているっていう罪もねぇ!」
ヤミの一閃。砂人間の首が飛んだ。それを確認したと同時に、俺は地を蹴っていた。飛んだ首から伸びている糸を切断する。途端、その首は空中で砂をふりまきながら頭蓋骨と化した。その身体もまた、砂の呪縛から解かれて地面に染みを作る。
しかし、また新たな砂人間が生じる。クラッドノウトは最大十五体前後の砂人間を操れるらしい。それぞれの砂人間の動きは速く、パワーもある。だが、剣技というものは持ち合わせていない。おそらくクラッドノウト自身、体術についてはあまり造詣が深くないのだろう。
「素人でもこれだけ湧いてくると厄介なものね」
ハァハァと息を吐きながら、ベスが額の汗をぬぐう。夏の陽気と腐肉の臭いに、俺の意識もクラクラしている。
ヤミが素早く上空を振り返る。
「見てるだけかい、ヴァレス。なんか企んでるね?」
「僕がいつでも何か悪いことを考えているみたいな言い分は、なかなか不条理ですね」
「不条理なものか」
「やれやれ」
砂人間と組み合う俺の耳に、ヴァレスの盛大な溜息が届く。ヤミが挑発する。
「剣の魔法術師の面目躍如というのはどうだい、あんた」
「はいはい」
俺たちの真上、青かった空が急に暗くなった。紫色に染まった空を、俺とベスは背中合わせに見上げる。お互い複数の砂人間と組み合っている状態で、それ以外の身動きが取れない。
「何が起きる……?」
俺の問いに、ベスはゴクリと唾を飲むことで答えた。
その時、空からヴァレスの厳かな声が降り注ぐ。
「神撃の乱殺」
紫の空が結晶のように砕け散る。直後、豪雨のように無数の光の剣が降り注いだ。それは砂人間たちを容赦なく粉砕し、戦場を蹂躙した。
「魔力の糸が」
俺はその黄金の輝きが、魔力の糸を断ち切ったのを目にした。いともたやすくそれを成し遂げる飛び交う無数の剣を前に、俺はただ呆然とする。
「これが、魔法術……」
「召喚魔法術の一種さ」
俺の隣に降りてきたヴァレスが、得意げな口調で言った。そのフレンドリーすぎる口調に、俺は逆に警戒感を抱いてしまう。
『剣の魔法術師か……。だが、俺のこの呪法に勝てるとでも?』
「僕が負けたら、それはディーレニア王国の危機ですね」
『それは好都合』
ヴァレスは腰に下げた剣を抜いた。その剣から炎のような何かが立ち上っている。
「それは」
「君にはこの魔力が見えるんだね、少年」
「オルレアスです」
「知ってるよ」
ははは、と、ヴァレスは笑う。この状況ででも、彼は余裕で笑っている。この風景の中で笑えるその神経の太さを目の当たりにして、俺は慄然とする。
『解願師と剣の魔法術師、まとめて我が下僕に加えてくれる』
「分を弁える、という言葉を覚えた方が良いですよ」
ヴァレスが超然とした口調で言った。夏の空気が凍て付いた。クラッドノウトの声が俺の脳を揺らす。
『利いた風な口をきくな、小童』
「はは! そのままお返ししますよ、外道」
ヴァレスとクラッドノウトの舌戦を前に、俺たちは動けない。ヤミの全身が緊張しているのが分かる。どこから何がやってきても対応できる構えだ。俺とベスもようやく呼吸が落ち着いてきた。
ヴァレスはヤミを押しのけるようにして前に出ると、おもむろに街道に剣を突き刺した。
「追鼠の焔」
瞬間、石畳の隙間という隙間から、魔力の炎が噴出した。それは物理的に俺たちの服の裾をバタバタと揺らした。髪の毛も逆立つ。
「何この風!」
「魔力だ……」
ベスの疑問に短く答え、俺は状況を注視する。俺たちに背を向けているヴァレスは、完全に無防備に見えた。ヤミが刀を抜けば一刀両断にできる、そのくらい隙だらけだ。
「魔力って、あんた、魔力が見えるの?」
「どういうわけか、ね」
ゲミトルードを経由した能力なのだろうとは思うが、とにかく今、俺たちの周囲には膨大な量の魔力が吹き上がっていた。さながら間欠泉のような噴出が次々と発生している。これだけの量の魔力は、おそらく普通の魔法術師には操れないだろうと直感的に思う。そのくらい、この魔力量は圧倒的だった。
「そろそろ出てこないと、焼け死にますよ、クラッドノウト」
『俺はこんなところで死んで良いとは言われてなくてね』
クラッドノウトの声には、ごくわずかに、しかし確かに、焦りが混じっていた。
「力関係を理解することは大切ですよ、クラッドノウト。僕はこう見えても王国最強の魔法術師ですよ」
『ああ、認めよう。俺はお前を少々侮っていたようだ』
ヴァレスからの魔力の放出が止まる。辺りの風景が夏の午後のそれに戻る。まるで何もなかったかのように。
「なんで逃がした」
ヤミの尖った声が真夏の空に吸い込まれていく。ヴァレスは剣を収め、「そうですねぇ」ととぼけた声を出す。
「僕の敵ではなかったから、ですかね」
「奴はジムレグを脱獄させた張本人だよ」
「あなたのお母様が命を賭けて捕らえたジムレグをね」
「……逃がした理由は」
ヤミの声は刀の刃のように鋭利だった。風が刃のように俺の頬を掠めていく。
「それを明かす理由もないでしょう」
「これでも?」
その瞬間、ヤミの刀の切っ先がヴァレスの喉元に伸びていた。電光石火の早業を前に、ヴァレスも反応できなかったようだ。
「すごい速さだ。あれなら――」
「違うよ、レア」
ベスが震え声で言った。
「今、師匠は殺す気で刀を抜いた」
「え?」
寸止めにしようとしたのではなく?
「ヴァレスの力で寸止めにさせられてる」
「なんだって……?」
ヤミの額から汗が流れ落ちたのが見えた。その切っ先が細かく震えていた。位置的に、ヴァレスの表情は見えない。
「危ないなぁ」
ヴァレスはその刀を素手で捉えると、ヤミの方に押し戻した。
「ゲドルタへの直接アクセス権を持つ僕と、そうではないあなたでは、反応速度が違い過ぎるんですよ」
「ちっ」
ヤミは刀を振って、鞘に収める。ヴァレスは俺の方を振り返る。
「覚えておいてくださいね、貸し一つ、ですよ」
先に反応したのはベスだった。
「何をっ」
「やめるんだ、ベス」
いきり立つベスを俺は制止する。無駄な攻撃に終わることは、火を見るより明らかだったからだ。ヤミは忌々し気な表情を見せつつ、髪を掻き上げる。白い髪が夏風に踊る。
「あんたの願を全て解いてやりたいよ」
「はは、僕の願は程よく絡まってますからね。できるものなら解いてください」
ヴァレスはそう言ってのけると、音もなく姿を消した。
今回は助けられたとはいえ、俺にはあの男が味方だとは到底思えなかった。




