06-03: クラッドノウト
昼になる前に、俺たちは補給を済ませてハルケンブローラの町を出発した。夏の晴天。気温は昨日までよりさらに上がっていたが、ジェイルムド山脈に連なる山々の麓ということもあり、むしろ過ごしやすささえあった。時々山から吹き下ろしてくる南風が、蓄積した街道の熱を払っていってくれる。
「ねぇ、あんた」
珍しくベスが俺の隣に並ぶ。先頭を行くのはヤミだ。
「私の血の力、あんた見たんでしょ」
「うん、見たよ」
「どう思ったのか、正直に言いなさい」
強気な口調だったが、その表情には陰りがあった。
俺は素直に答えた。
「敵にしたくはないなと思った」
「恐ろしい力だものね。自らの身体を呪具にして、呪い殺した相手の魂をその対価にするなんて」
「でも、ご先祖様と同じ力らしいじゃないか。正しく使えばいいだけだと思う」
「恐ろしい力だわ」
ベスはなおも繰り返した。俺は腰に下げたゲミトルードの鞘を軽く叩いた。
「力なんて普遍的に恐ろしいものだと思うよ。俺のこの剣だって、とても簡単に人を殺せる武器だ。ベスのその槍だってそうでしょ」
「でも呪術は人を呪うもの。人を殺す手段なのよ、レア。そして私はそれを使うタイミングを選べないし、使い始めたら私の意志とは無関係に人を殺してしまう……」
そうか。それもそうだ。俺はベスの不安をようやく理解した。
「心配要らない。ベスの力ではヤミを傷つけることはできないよ」
「そりゃそうよ。あんたは一撃で殺せるとは思うけど」
「怖い怖い」
俺はおどけてみせる。ベスは半眼で俺を見る。
「俺が君にやられたら、君の夢見が悪いだろ」
「そんなことないわよ」
ベスが言うと、前を行くヤミが声を上げて笑った。
「強がりも過ぎるとモテないぞ、ベス」
「モテ……ッ!? 何で私がこんなカボチャにモテなくちゃならないんですか」
「モテて損することなんてないさ」
ヤミはそう言って立ち止まる。太陽は頭上をいくらか超えたところ。そろそろ昼寝をしたくなる時分だ。
だが、事態はそうもいかない。
俺は反射的に街道を振り返る。ここは東西一直線に伸びている。東に三時間歩けばハルケンブローラ、西にあと五時間ほど歩けばハイザルク男爵領の関所だ。そして見渡す限り人影はない。
「そういえばヴァレスさんは。宿には泊まっていたようですけど」
「奴には奴の仕事があるからねぇ。ま、ロクなもんじゃないとは思うけど」
「先生は、何故彼を敵視するんですか?」
「王室魔法術師なんて連中、信用できるもんか」
でも、先生のお母さんは……と言いかけて俺は口を閉じる。ヤミは俺を振り返る。
「ともかく、ヴァレスは信用しちゃいけない。奴は目的のためなら、あらゆる手段を選ばない。笑顔でその後ろ手にナイフを握っているような男だ」
ヤミは多くを語らない。だが、きっと何かそう言い切るに足る理由が、過去が、あるのだろう。
「それはそうと、ベス、レア」
ヤミは刀の柄に右手を置いた。戦闘開始の合図だ。
やっぱりこれは人払いの術か何かだったのか。そういえば、街道警備隊の姿すら全く見ていない。
俺は荷物を街道脇に置き、ゲミトルードを抜き放つ。ベスもその大量の荷物を置いて、槍を構えた。
何かはわからないが、何かが俺たちを見ていた。
「クラッドノウト?」
「だろうね。ハイザルク男爵領にいるうちに片付けたいって事だろうねぇ」
その瞬間、俺たちを取り囲むようにして、砂でできた人間が十数体現れた。
「いや……」
完全な砂製ではなかった。部分部分に腐敗した人間の一部が見える。
「死体に砂をかぶせた人形か」
俺が呻くと、ヤミが頷く。
「奴が意のままに操れる人形というわけだ」
人形たちは砂の身体の内側から、刃物を取り出した。ナイフや長剣、あるいは鎌のようなものである。
「あの世に送ってやれ、ベス、レア」
ヤミの刀が唸りを上げて砂人間を切り捨てた。そう思った瞬間には、その刃はもう鞘に収められている。見ていたはずなのにその動きが全く記憶に残らなかった。速すぎたのだ。
だが、ヤミが切り捨てたはずの砂人間は、すぐに起き上がってしまう。
俺にも砂人間が襲い掛かってくる。その顔は砂に覆われていて表情を理解することはできない。だが、わかる。彼らは怒っている。理不尽な目に遭わされていることに対して、その運命に対して。
ゲミトルードから力が流れ込んでくる。
砂人間の周囲に赤い糸のようなものが見える。スレッガたちが使った魔力の糸か?
だったら……!
「断ち切る!」
砂人間の長剣を受け流し、左肩をぶつける。よろけたところでその背後に踏み込み、赤い糸を切断した。その途端、その砂人間は倒れ、腐肉のついた骸骨へと姿を変えた。
「倒したのか」
ヤミが驚いたように言った。
「ゲミトルードの力だと思います」
「さすがは千年生き続けた聖剣だな」
俺は頷きながら、ベスと組み合っている一体を死体に戻す。背中側からヤミの声が聞こえてくる。
「屍体よ、復讐の願を解け」
その途端、俺が向かっていた砂人間の何体かが崩れ去る。
だが、一瞬で再生してしまった。
「ちっ、ダメか。クラッドノウトの呪力が強すぎる。これだけの数の屍体を操るとはねぇ」
「でも俺の剣なら!」
俺が剣を構えなおすと、ベスが移動してきて俺と背中合わせになる。
「なんでもいいっ、けどっ! 早くやりなさいよ!」
「了解」
魔力の糸が見えなくなってしまわないとも限らない。一刻も早く決着をつける必要があった。
六体の砂人間が一斉に俺とベスに襲い掛かってくる。
「レア、屈んで!」
言われるのと同時に、俺は膝をつく。ベスの槍が唸りを上げて砂人間たちを一網打尽に吹き飛ばす。小さな身体のどこにそんなパワーがあるのだろうか。砂人間たちの力は、人間のそれよりも強く感じたというのに。
すかさず斬り込んだ俺は、吹き飛ばされて体勢を崩していた三体の糸をまとめて切断した。残りの三体はすぐに体勢を整え、別の三体を加えて再度斬りかかってくる。
見たところ、この六体とヤミが相手取っている二体で残りは全部のようだ。さっさと片付けてしまおうと、俺はベスと頷き合う。射程と面制圧力の高いベスが砂人間を吹き飛ばし、俺がとどめを刺す。単純だが効率は良い。
数分と経たずに俺たちは全八体を撃破する。辺りにはしめて十二人分の白骨死体、あるいは腐乱死体が残った。
「死者への冒涜よ、こんなの」
「これがクラッドノウトのやり口というわけだね」
俺が言うと、ヤミは首を振った。
「正確には、ジムレグのやり口だ。クラッドノウトはそれを受け継いだに過ぎん」
『いかにも』
俺はその声に聞き覚えがあった。クラッドノウト本人の声だった。真夏の午後に相応しくない陰鬱な声が、俺の全身に鳥肌を生じさせる。怖気のするほどの圧のある声に、俺は心底震えあがってしまった。
『俺は確実性を求める外道でね。それにさっきの腐れ人形たち。俺の手元には、まだ何百匹とあるんだよねぇ』
「腐れ人形とか何百匹とか! それは元は人間だったんだぞ」
『元はそうだったことは認めるけど、彼らは俺にこうされるべくして生まれて生きてきたんだ。だから、腐れ人形と呼ぶ権利は俺にはあるし、虫ケラのように匹単位で数える権利も俺にはある』
――なんだこいつ。
俺は思わずベスと視線を合わせた。ベスの顔は、わかりやすく憤慨していた。ヤミはというと、俺たちから表情は見えない。その冷徹な背中が微動だにせずに立っているだけだ。
『おとなしくその小娘を渡すなら、苦しまずに死なせてやろう。できぬというのなら、お前たち二人も腐れ人形になって永遠に俺の手足になってもらう』
「面白い」
悠々と腕を組んでいるヤミが、挑発的な声を発した。そして、俺たちを振り返る。
「あんたたち、腐れ外道との根競べの時間だ」
俺たちは頷くと、それぞれの武器を構えなおした。




