06-01: ハルベーデラとクラッドノウト
ハルベーデラ。あなたの望みは叶ったでしょう。
しわがれた声が聞こえてきた。辺りは真っ暗だ。文字通り、そこには何も見えなかった。ただ声と息遣いだけが聞こえてくる。
「こんなものが永遠の美しさだなんて、私は認めない」
途端、真正面に髑髏が現れる。顔以外見えないのだが、あの時と同様に全身が骨だろう。
髑髏と化したハルベーデラ。俺は思い出す。初めてジムレグの夢を見た時のことをだ。病から救われたいと願った彼女は、ジムレグの詭弁によって、生きながら屍人となってしまった。
それから何年が経った話なのかはわからない。が、彼女はどういうわけか強力な呪術師の力を得て、ソレティアの夫となるはずだった男・ジェイスを殺害した。そして、俺たちに打ち倒された。
なぜそのハルベーデラが、今の俺の夢に出てくる?
俺は夢の中でも、自分が夢の中にいることをはっきりと認識できていたし、それまでの俺の記憶や思考力が伴っていることも理解できていた。
ハルベーデラは言う。
「不可侵の領域への接触。それによる生命の理の歪曲。あなたが特別な魔法術師であることは知っていたけれど、まさかここまでとは」
ハルベーデラの言葉に被せるように、「そうです」と、老人の声が響いた。
――あなたの知識と魔力を飛躍的に増大させ、魔法術師に匹敵、いや、それ以上の力を与えることさえできた。ゲドルタは偉大なものなのですよ。それに自在に接触し、利用することのできる力というものが、この世界には存在するのです、ハルベーデラ。
「この力に自在に? それが叶えば、私の姿も元に戻せると?」
――おやおや、あなたはまだそれに執着しておられましたか。でも、いいでしょう。その通りです。ゲドルタの力があれば過去も未来も、そしてもちろん現在も、何もかも思いのまま。
ゲドルタ……。そういえばゲドルタが何なのかについては聞きそびれたままだった。俺は耳をそばだてる。
「ジムレグ、それを成すために必要なことっていったい何かしら?」
ハルベーデラが尋ねたその途端、髑髏が突如として女の顔になった。その手にも肉が戻る。
「これはどういうつもりかしら」
――その顔で人間社会に再び溶け込み、ある男を殺すのです。結果、その男の妻はあなたを殺しに来るでしょう。その時にあなたはその場にいる者を、若い娘を除いて皆殺しにしてください。
……まさか、ハルベーデラとソレティアの一件は、一番最初から仕組まれていたのか。ジムレグは、最初からソレティアなど眼中になく、ソレティアと共に現れた俺たちを狙っていた……ということだろうか。若い娘というのはベスのことだろう。彼女だけは生け捕りにするつもりだった、と――。
背筋が寒くなった。この夢から早く覚めたいと思った。
しかし、状況は無情だ。
暗闇はそのままだが、ハルベーデラの姿が消えた。
代わりに何か土のような、否、砂のような臭いが立ち込めた。
「これがハルベーデラの記憶ですよ、クラッドノウト」
「愚かな、いえ、哀れな女ですな」
老人が姿を見せるが、もう一人の男の姿は見えない。老人の両目には眼球がなかった。ただ黒い空間が広がっている。
「それはそうと、ファイヴァルレドの行方はまだ掴めていないのですか」
ファイヴァルレド――それが何だったかを数秒考え、そして思い出した。ベスの家から奪われたという霊槍だ。
「申し訳ありません、ジムレグ様。おそらくは強力な結界に守られているかと。魔力の痕跡も検知できぬことから……」
「言い訳は良いのです、クラッドノウト。あの槍はゲドルタへの鍵なのです。誰にであれ、その事実を知られるわけにはいきません。それが明かされる前に、我々が手に入れなければならないのです」
「そのためにあの娘を?」
「手に入れておく必要があるでしょう。ハルベーデラにもそう言いました」
「承知致しました、ジムレグ様」
クラッドノウトの気配が遠ざかって、完全に消えた。
「解願師、か。まさかあの娘の忘れ形見が、我々の障害になり得るとは」
老人は初めて表情らしい表情を浮かべた。それは……憎悪だ。
「一瞬の躊躇が生んだ失策ですかの。こうなれば早めに挽回措置を取らねばなりませんね」
老人の空虚な眼窩が、ゆっくりと、確実に――俺の方に向いてくる。
逃げなくては――そう強く思った。




