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解願師〜人の願いは呪いへと。最強の能力者に拾われた俺、同じ境遇の少女と世界のカラクリをぶち壊す~  作者: 一式鍵
第5章:毒の血

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05-04: 5年前の事件

 その声で、ベスが正気に返った。起き上がったベスは不気味に()えるスレッガを見て、ひきつった声を上げる。


「な、何、何なのよ」

「ベス、離れて」


 俺はゲミトルードを構える。何か良くないことが起きる。これは予感ではなくて確信だった。俺はベスを背後に(かば)って、ゲミトルードを振り上げた。


 そしてその首めがけて振り下ろす。


 ――自分自身に様々な言い訳をしながら。これは害獣の駆除なのだと、言い聞かせて。


 だが、覚悟していた手応えは伝わってこなかった。俺の剣は――ゲミトルードは、空を切っていた。外したわけじゃない。スレッガが……砂と化したのだ。最後に「先生……」と言い残して。


「砂……!?」


 ベスが上ずった声を上げた。俺はすっかり砂の山となってしまったスレッガを呆然と見つめる他になかった。


「どういうことだ……?」


 ふと街道脇に何かを見つける。二匹の大きな鼠が死んでいた。


 その時、一陣の風が巻き起こる。


「――クラッドノウト、ですか」


 風と共に俺の目の前に現れたのは、ヴァレスだった。ヤミを見ると、彼女はすでに刀に手をかけていた。露骨な警戒心を感じ、俺も緊張する。


「ベス、身構えて!」

「そんな微妙な指示されても従えないわよ」


 俺の後ろで槍を構える音が聞こえた。しかし、ヴァレスは涼しい顔だった。


「そうそう、例の占い師の件。だいぶ遅くなってしまいましたが、報酬を持ってきましたよ。顛末(てんまつ)は調査済みです」

「ふむ」


 ヤミは王国金貨が詰まっていると思われる袋を受け取った。 


「ソレティアとハルベーデラ。二人分だから割り増ししてくれてもいいんじゃないかねぇ」


 袋を軽く放り投げて、その重さを確認してからヤミがぼやく。ヴァレスは苦笑しながら、さっさと街道を進むことを提案する。まもなく日が暮れてしまう。


「まさかそういう構造になってるなんて僕にも想像もできませんでしたからね。でも助かりましたよ」

「はん、想像もついてない? 嘘もたいがいにしな。全て分かってた上での依頼だっただろ」


 ベスが大きな荷物を背負ったのを確認してから、俺たちは歩き出す。


「ベス」

「な、なによ」

「傷、どうなったの?」

「傷?」


 ベスの腕や足には決して浅くない傷がいくつもあったはずだ。だが、今はうっすらと痕跡は見えるものの出血の類はなさそうだった。この短時間で治る傷ではなかったと思う。


「ああ、かすり傷よ。ピリピリして気持ち悪いけど。何、あんた、私の身体をそんなにじろじろ見てたの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「ま、まぁ、心配してくれたのは悪い気はしないわ。お礼は言っとく」

「う、うん」


 何となく釈然としないが、これ以上面倒くさいやり取りをするつもりもない。


「ベスさんのさっきの呪術は、『毒の血』ですか」


 前を歩いていたヴァレスがくるりと後ろ向きになりながら無遠慮に尋ねてきた。それを追ったヤミの視線が、あからさまに殺気立った。


「毒の血?」


 しかし、言われた当人はぽかんとしている。


「ええ、そうです。あなたは自らの肉体、それも血液を呪具として扱える呪術師です。組合(バルーサ)では見抜けなかった力です。それは()しくも一千年前の英雄、カザスィア・ティラールと同じ力です」

「ヴァレス、あんた、アタシが黙ってたことをペラペラと! 叩き斬ってやろうか」

「おお、怖い怖い。しかし、この子たちも(おの)が役割と能力をきちんと知るべきではありませんか?」


 ヴァレスは目を細める。赤い髪は、薄暗い中でも良く映える。その青い瞳は、いっそ自ら輝いているかのようだ。


「あの、師匠。つまり私は……私、さっきどうやって」

「はぁ……」


 ヤミは首を振った。


「アタシがあんたを助けた五年前の夜、あんた何か覚えているかい?」

「いえ、師匠が話してくださらなかったから」

「記憶は?」

「ない、です」


 ベスは自分を抱くように腕を組み、強く唇を噛んでいた。


「ショックで記憶を失ったんだろうって、師匠はおっしゃいましたよね」

「そうだったかな」


 ヤミは低い声で応じ、前を向いたまま言った。


「当時、現地に着いたアタシがしたことは、火に飲まれた屋敷からあんたを助け出したことくらいだ。誰一人殺してない。ただ、あんたの周りには何人もの襲撃者が転がってた。ティラール家の騎士数名も含めてね。その時にはあんたの家に伝わる霊槍・ファイヴァルレドはもうなかった」

「それは師匠、騎士たちが相討ちになったのでは」

「いや」


 ヤミは首を振る。


「騎士たちは襲撃者に歯が立たなかったようだった。完全に(なぶ)り殺しの(てい)だったよ。なら、答えは一つしかないさ。あんたが襲撃者を殲滅(せんめつ)したんだ」

「そんな。だって十歳ですよ、あの時」

「あんたのその毒の血という呪術に年齢は関係ない。傷つけられたあんたは、吹き出す血を武器にして襲撃者を殺し、襲撃者たちのその命を対価として傷を癒した」


 そんな能力があったなんて。


 俺は自分の唇がカサカサになっているのを知覚する。


「もう一つの対価として、その時のあんたの記憶もね」

「つまり、呪返しの盾として記憶を使った……?」


 俺が言うと、ヤミとヴァレスは相次いで頷いた。


「攻防一体の万能攻撃呪術ですが、その間の記憶も判断力も失う。古い研究文献にそうありました。僕もこうして実際に目にするまでは真偽を疑っていましたが」


 ヴァレスはそう言って、くるりと前を向いた。おもむろに右手に長杖(ちょうじょう)を出現させて、その先端に魔法の明かりを(とも)した。急激に暗くなってきて、足元がおぼつかなくなっていたから、大変助かった。あと一時間も歩けば宿場町に着くだろう。


「っていうか、ヴァレスさん。ずっと見てたってことですか」

「そうです、レア君。とはいえ、別の案件対応をしながらだったので、断片的に(のぞ)いてたくらいですが」


 俺たちの行進は、それからしばらく沈黙と共に続いた。


 やがて緩やかな坂を上り切ると、眼下に小さな町が見えた。


 ハルケンブローラ。人口数百の宿場町。ハイザルク男爵の領地の外れ。ハルケンブローラの次の町が関所になっていて、そこを抜ければハイザルク男爵の領域を抜ける。


 ジムレグがどこにいて何を企んでいるかはわからない。


 けど、ヤミは――いや、俺たちは、確実に目を付けられている。


 父さんと母さんを殺した外道たちに、俺は近付いている。


 俺には何故か、そんな確信があった。


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