05-03: 平等世界と再分配……?
冷酷な俺の声が、妙に客観的に俺の耳に届いてくる。
「世界のためにできること、だって? それが? 世界のためにと言っておきながら、同じくその世界を構成している人間たちを独善的に裁くことが? 一体なにさまのつもりだ」
「世界をこんな風にしたのは持てる人間だ。全てが平等になればこんなことにはならないのに、奴らがそれを妨げている!」
「世界じゃない、お前自身だ。お前自身がどんな生まれなのか、育ちなのか、そんなものは知らない。あるいは同情するべきものなのかもしれない。けどな、それを言い訳にして、多くの人々を不幸にしたことは、到底許されることじゃない。情状酌量の余地なんてない」
俺はゲミトルードを両手で構えた。スレッガの首を落とす。ただそれだけの事なのに、俺の全身が大きく震えた。
「へへ、震えてるじゃねぇか、坊主。それはな、坊主が俺の言葉の意味を理解できたからなんだぜ。俺を殺しても世界は変わらねぇ。だが、俺を生かしておけば世界は変わるんだ」
「傲慢も甚だしい」
俺は怒っていた。この男のこの確信めいた物言いに、俺は言葉の通じなさを理解する。スレッガはスレッガの正義を信じ、他の一切を否定している。そしてそれが絶対に正しいのだと信じている。
「あんたさぁ」
ヤミがスレッガの前にしゃがみ込む。白髪が夏の夕風に揺れる。
「大河の一滴って言葉を知ってる? あんたは確かに、その一滴だろうさ。だけどね、あんたには何も為せない。そんな小さな世界に生きてるあんたには、本当の世界なんて見えていない。あんたの言葉はその先生とやらの受け売りだろうさ。あんたには自分の言葉すらないんだ。世界の現状を否定する奴らの言葉なんてのは、たいてい誰かの引用に塗り固められているものさ」
「これは俺の正義だ! お前たち持てるものを皆殺しにし、その財産を社会に分配するのが俺たちの役割だ」
「ふふふ、その先生とやらが再分配なんざするかねぇ?」
ヤミが言うと、スレッガはあからさまに気色ばんだ。
「先生の私利私欲だとでも言うか、この女狐が!」
「それ以外どうとれるんだい。先生は悠々自適、左団扇な生活をしているんだろう? あんたらがこうして命をかけて馬鹿な行為をしている最中も。そしてあんたらの戦利品を巻き上げ、あんたらには清貧を説き、自分だけ豊かな暮らしを満喫中ってわけだ」
「先生を侮辱するな!」
スレッガは立ち上がろうとした。が、負傷が響いたのか、呻いただけだった。
その時、俺の意識がふわりと遠くなった。思わず右膝をついてしまう。
「どうした、レア」
「あ、いえ。なんか力が抜けて」
口は回る。だが、どうにも身体に力が入らない。右手に持ったゲミトルードがとても重たい。
――クラッドノウト様。今月の戦利品にございます。
スレッガがいた。背の高い椅子に誰かが座っているが、その肩越しからの視点だったので姿は見えない。その先にスレッガが恭しく膝をついて頭を下げている。部屋はまるで砂漠のように砂が敷き詰められていた。
その背後にはうんざりするほどの数の切り刻まれた死体と、略奪したと思しき品々が積み上げられていた。死体はどれも腐敗しており、強烈な悪臭が部屋中に立ち込めている。
『ご苦労、スレッガ』
椅子の人物の声はひどく掠れていて、聞き取りにくい。
『同志ハルベーデラが討たれた』
同志ハルベーデラ……!? その名に、俺の思考が激しく逆流した。こいつら、裏で繋がりがあったのか……!?
『平等世界の成就のために、お前にはまだまだ働いてもらうぞ、スレッガ』
「はっ、なんなりと」
『引き続き例の場所を襲え。同志を討った一行は必ずそこを通る。必ずや仇を討て』
「はっ。承知致しました、クラッドノウト様」
スレッガは床に額をこすりつけそうなほど頭を下げてから、ゆっくりと立ち上がった。
――俺の視界が明転した。
「クラッドノウト……」
どうやら意識が現実に戻ってきたようだった。俺の呟きが風に乗る。
それを聞いたスレッガの顔色が明らかに青白くなる。
「クラッドノウトってやつが、お前たちの言う先生だろう」
俺の詰問に、スレッガは首を振る。
「知らん。俺ぁ、そんな奴は知らん……!」
その動揺が答えだった。俺はヤミを見る。
ヤミは目だけで頷いた。一陣の風がヤミの白髪を巻き上げるようにして抜けていく。
「クラッドノウト。久しぶりに聞いたねぇ。ジムレグの脱獄に手を貸したとして王室から指名手配を受けている外道師さ」
脱獄……?
「ジムレグは古城牢にいるのでは」
「いや……」
珍しく、ヤミが暗い声を出した。
「奴は今、自由の身だ」
「なんだって……」
口の中が急にカラカラに乾いた。血の臭いを運ぶ蒸れた風が、俺の唇を不快に湿らせていった。
「先生、そのクラッドノウトってやつは」
「実体なき呪術師。砂の呪術師とも呼ばれている厄介な奴だよ」
砂の呪術師……。
さっき見た、砂に覆われた部屋。
「黒幕が分かった以上、この獣にもう用はないよ。レア、ほら、殺処分」
「処分って……。こいつ、これでも人間ですよ」
「人の道を外れた人間を人間とは言わない。共存しえない害獣だ。首を落としな。あとでヴァレスに引き渡す」
「生きたまま引き渡すのは……」
「あのねぇ」
ヤミはゆっくりと刀を抜いた。
「ほかの誰かが手を汚せばいいと思っているだろ、レア。自分以外の誰かがやるなら止めたりしないだろ」
「それは」
抜き身のゲミトルードの切っ先が小刻みに動いている――俺が震えているのだ。
「さっきも言ったけど、それは優しさじゃない。言っちまえば他力本願の臆病者の仕草だ」
「わかってます!」
俺は大きな声を出した。そうでなければヤミに飲まれてしまいそうだったからだ。
「俺は……ッ」
言い募ろうとしたまさにその時、スレッガがこの世のものとは思えない咆哮を上げた。




