05-01: スレッガの襲撃
第二部「ジェスガルディア要塞編」スタートです!
それから三日間、俺たちは宿場町を利用しながら旅を続けた。
「師匠、これは、血の痕、です。すごい量……!」
ようやく真昼を過ぎ気温が一段落ついてきた頃、先頭を歩いていたベスが振り返って言った。
ベスの足元の石畳が、どす黒く染まっている。前の宿場町、ドーレスで噂は聞いていた。街道を通る人間たちを襲う盗賊団が出ると。商人たちは兵を雇用し、あるいは騎士団の護衛をつけてそのルートを通るのだという。
俺たちは未だハイザルク男爵領から脱しておらず、ソレティアの件も黒幕であるところの市長や、あるいはハイザルク男爵については、何一つ解決していない。処刑が即刻行われたのも、本件の黒幕の存在を明らかにしないためだろうと、ヤミは言っていた。
俺たちは兵士たちを雇うことなく、三人で街道を歩いていた。不安はある。が、ヤミがいてくれれば大丈夫だという気持ちの方が強かった。
「左右は森。潜むには都合よい立地だねぇ」
ヤミはのんびりとした口調で言った。確かに左右から矢を射かけられたらひとたまりもない。
――かくして日暮れ間近となった頃、案内板によれば次の宿場町まであと一頑張りというくらいの頃、彼らは現れた。この時間になっても、身体に籠った熱はなかなか引いてくれなかった。石畳の放つ熱で陽炎が立っている。
恐ろしく背の高い男が俺たちの前に立っていた。そして周囲には全部で十四人の完全武装の男たちがいた。手にする獲物はナイフや長剣が主だったが、槍や斧を持っている者もいた。
「盗賊団ねぇ」
ヤミは両腕をだらっと下げた体勢をとりつつ首を傾げた。とても交戦体勢とは思えない。
「ベス、レア。こいつらはたくさんの人間を殺してきた大悪党だ。皆殺しにしな」
「えっ」
ベスが絶句する。いや、それは俺もだ。
「何ビビってんのさ。人殺しを躊躇していたら、ここから先どうやっても生きてなんていけないよ」
ヤミは腕を組む。そして目の前の巨漢を見上げた。
「このスレッガ様を舐めてんのか、白髪女」
「キャンキャンうるさいな、ハゲ野郎」
「なんだとこのアマァ! 俺はまだハゲてねぇ! おい、お前ら、やっちまえ! 男は殺せ! 女は一晩中、死ぬまで使い倒していいぞ! 何したって構いやしねぇ!」
スレッガと名乗った男の号令一下、十四人の盗賊が包囲網を狭めてきた。
「最終的には全員バラバラにして先生のところに送ってやるぜ」
「先生?」
ヤミはひらりひらりと身を躱しながら問う。俺は盗賊たちから波状攻撃を受けて防戦一方だった。盗賊たちは皆大した腕前ではなかったが、数が数だ。単純計算で一人に対して五名が襲ってきているのだ。勝てる戦いとは思えない――ヤミが刀を抜かない限り。
「ベス、無事か!」
「な、なんとか……!」
だがあっちも防戦だ。敵の数は減らない。
「あんたたち、いつまで腰が引けてるんだい。覚悟を決めな」
「そんなこと言われても」
俺は反論しようとしたが、ヤミは「やれやれだねぇ」と相手にしてくれない。ヤミは言う。
「いいかい、こいつらは獣だ。人の言葉を理解しているように見えるだけの獣だ。人に害をなす絶対悪だ。殺してもいい害獣だよ。何を躊躇うことがある? 同じように二足歩行して、同じように顔と手足があるからかい。同じような道具を使うからかい」
「そう簡単に割り切れません!」
「見た目に騙されるんじゃないよ。こいつらは人間の姿を真似た雑魚悪魔だ。決してアタシたちの社会で存在を認めてはいけない類のね」
ヤミの声はゾッとするくらい冷徹だった。
「きゃぁっ!」
「ベス!?」
俺の背後から上がった悲鳴に、一瞬気を取られる。
ナイフが俺の頭に突き刺さる――瞬間を俺は見た。
咄嗟に頭を下げ、身を捻る。ゲミトルードが肉薄してきた片手斧の男の右手首をもののついでと言わんばかりに呆気なく切断した。あまりの手応えのなさに、俺は驚いてしまう。まるで熱したナイフでバターを切ったような……それほどまでに抵抗がなかった。
「うわぁぁぁっ!」
片手斧の盗賊が悲鳴を上げる。右手首から大量の血が噴出して、空と石畳を洗った。
「この野郎!」
俺にナイフを投げた男が、長剣を手に突進してくる。が、その時、男の顔に手のひら大の血糊が、まるで生き物であるかのように吸い付いた。
――誰かの返り血、か……?
そう思った瞬間、男は白目を剥いて倒れた。俺はヤミを見た。彼女が何かしたと思ったからだ。だが、ヤミは「ほぅ?」と声を上げて俺の後ろを右手の親指で示した。
振り返った俺は、いくつもの傷を負ったベスを見た。生かしておくつもりだったのだろう。深い傷は見当たらない。だが、それでもベスは全身血塗れになっていた。
あのベスがここまで!?
俺は咄嗟にベスの支援に入ることを選ぶ。
俺の右手が熱くなってくるのを感じた。ゲミトルードから何かの力が流れ込んできている――そんな熱さを覚えた。
「そういえばさ、レアが夢を見ると、鳥が死ぬんだよねぇ」
こんな時に何の話だ――俺の集中が一瞬切れる。
「自分以外の命を対価に、未来予知をしているんだと思うよ、本能的に」
その情報、今必要ですか!? 俺は少し苛立った。薙ぎ払っても打ち払っても襲ってくる攻撃に晒されているのだ。そしてヤミはスレッガと数名の男を相手にしていたが、ひらりひらりと躱すばかりで、やはり刀を抜く気配がなかった。
その時、また男が一人、前触れもなく倒れた。倒れた男の顔に、槍が突き入れられた。ベスだ。頭蓋骨を貫通され、男は即死だった。
そこからはベスの一人舞台だった。自らの血を巻き散らしながら、盗賊たちの命を刈り取っていく。それは俺の知っているベスとはまるで違った。殺戮のための道具、あるいは狂戦士だった。その表情には感情はなく、ただひたすら自らの血を流し、昏倒させ、とどめを刺していく。
「な、なんでぇ、あのガキ」
「ベスは自らの血液を呪具として呪術を使う」
ヤミは冥途の土産とばかりに、スレッガに説明した。それは俺にも初耳だった。
「これであんたらの勝ちの目はなくなったよ、スレッガさんとやら。もっとも、最初からそんなものはなかったけどねぇ」
のんびりとしたヤミの言葉の裏で、十四人の盗賊たちは瞬く間に打ち倒され――皆、殺された。




