04-09: 髑髏
ヤミは俺たちに背を向けたまま、ソレティアと対峙していた。指輪はなおも強く輝き、陰鬱な地下室を場違いにも煌々と照らし上げていた。
ヤミが無感情に問いかけた。
「あんた、何人狂わせてきた」
「覚えてない」
「ただその指輪だけが真実を知る、か」
「かもしれないな」
ソレティアの右手に細身の長剣が出現した。その刃からは赤黒い液体が滴っている――血だ。ヤミはほんのわずかに腰を落とした。
「アタシと打ち合って勝てるとでも?」
「負ける保証はない、解願師」
ソレティアは剣を構えようともせず、ヤミは刀を抜こうともしない。しかし二人の間には明確な殺気が迸っている。俺の奥歯が小さく小刻みに音を立てているのを知覚する。この空間そのものが、俺を恐怖させているのだ。
その時、二人が同時に動いた。
ヤミが猫のように地を這い、閃光のように駆けた。ソレティアはそんなヤミの背中を踏み台にして跳んだ。
そして、ソレティアは何もない場所に向かって長剣を振り抜いた。
「ちっ! 仕留め損ねたッ……!」
ソレティアは、その声に初めて強い感情を滲ませた。
俺には何が何だかわからない。ソレティアは虚空に向かって斬りかかったのだ。
振り返ったヤミが鋭く警告を発する。
「レア、右に跳べ!」
「!?」
俺の左腕が落ちる。ベスの頸動脈が千切り取られる。
激痛と噴出する血液で、視界が赤く染まる。
――その光景に先んじて、身体が動いていた。
俺はベスを抱えて思い切り右に跳んだ。ほんのわずかでも踏み込みが悪ければ、一瞬見えた未来の通りになっただろう。幸いにして頬がピリッと痛んだ程度の傷でやり過ごせた。その後は身体を半回転し、左に跳び、頭を下げ、突進する。
「あの少年、何者だ、解願師」
「さぁね」
ソレティアの声が少し上ずっていた。ヤミはいつも通りだ。
「奴は、ハルベーデラはあんたが殺るんだろ、アタシは手を出さないよ」
「嬉しくはないだろうが、感謝する」
ソレティアの顔の左側にある傷から血が噴き出していた。それはふわりと赤く輝き、剣に吸収されていく。
「自分の顔を呪具とするとはねぇ」
「先生、こいつなんで俺を狙うんです!?」
俺は必死で不可視の敵――おそらくはハルベーデラの攻撃を回避し続ける。ほんの一瞬先の光景が意識の中に次々と流れ込んでくる。俺はそれを見て一瞬で判断し、同時に身体を動かし続ける。それで辛うじて軽傷程度でとどまっている。だが、一度でも判断を間違えれば、その瞬間に終わる――!
「ハルベーデラ、お前の相手はこのソレティアだ!」
『この子どもたちを始末したら相手をしてあげますから、おとなしく順番を待っていなさいな』
「なぜこの子たちにこだわる!」
『ジムレグ様のご命令だからですよ』
その言葉に反応したのがヤミだ。
「ジムレグだと?」
ジムレグ……屍霊術師ジムレグか。夢で見たあの不気味で恐ろしい老人を思い出した――。
ソレティアが右手で剣を構え、左手にジェイスの指輪を握りしめている。
「王室魔法術師長すら仕留めたあのジムレグか」
『いかにも』
その言葉と同時に、地下室が揺れた。ベスを抱えている俺は思わずたたらを踏んだ。
俺の目の前に現れたのは全身を黒い布で覆った髑髏だった。袖口から覗く手にも皮も肉もない。そしてそこには一本ずつ長剣が握られていた。
髑髏は――ハルベーデラは、ヤミに左手の剣の切っ先を向けながら尋ねる。
『私の願を解くとは。あなたは何者ですか』
「アタシが解願師だってことはわかったんだろ? それ以上を語ってやる暇はないし、必要性も感じない」
『それならそれで。どのみちまとめて死んでいただきますね』
ハルベーデラを中心に光が放たれ始めた。バチバチと音を響かせながら、その光は強くなってきた。
「この日を待っていたぞ、ハルベーデラ」
ソレティアが電光石火の打ち込みを決めた。が、ハルベーデラの左手の剣がそれを弾き返す。
『あなたもたいがいに執念深い方ですね、ソレティア。たかだか人間一人、忘れてしまえば楽になるというのに』
「その一人を忘れることができないのが、人間だ。人を捨てたお前にはわかるまい!」
『くだらないですね』
輝きの中で喋る髑髏。
『今この瞬間にも世界では何百、何千と人は死んでいます。しかしあなたは遠い過去の一人だけを悼んでいる。不公平じゃないですか?』
「大切な人の命以外は数字だ。独善的と言われようと、自分勝手と言われようと、所詮、数字だ! 人は万人を思うことはできない。愛することもできない。だからこそ、大切な人を想う。愛する。共感する。苦悩する!」
『くだらないことですよ、そんなこと。私にとって人は皆、平等。その全てが、数であり、呪の源であり、願の源泉。誰一人として例外なく私はこうして愛しているのです』
「愛? 言うに事欠いて……!」
ソレティアが血染めの剣を下段に構える。
「人は悉皆、お前の魔力を収集するための手段だと言うのか」
『そんなところですね』
髑髏は笑う。
『ですからあなたがその手を血に染め、その顔を深く傷つけてまで得られた呪具、すなわち、その指輪。それとて私の前では無力に等しいのです』
「なに……!」
『ソレティア。あなたのその復讐したいという願を解けばすべてが片付くのですから』
「はん!」
ヤミが声を張った。
「アタシがあんたのそのくだらない願を解くっていうのはどうだい、ハルベーデラ」
ヤミは両手を腰に当てて仁王立ちしている。あの体勢からでは居合に繋げられない。
『できるものなら、どうぞ』
「ふん、ソレティアが倒されたら考えるさ」
『そんな余裕があるのでしょうか』
稲妻のような速度で、ハルベーデラの二本の剣がソレティアに襲いかかった。




