04-05: 人肉人形
俺たちが連行した三人は、結果としてはほとんど役に立たなかった。というのも、正門に到達するなり斬り捨てられたからだ。これにはさすがに呆然とした。人間が人間をこうも容易く殺害できるという事実を目の当たりにして、俺の膝は震えていた。
しかし、俺の隣に立つヤミは、全く動じていなかった。それどころか、こうなることが分かっていたかのようだった。
「占い師様は、アタシたちの動きを把握しているようだねぇ」
「どうします、先生」
俺の声は、情けないことに細かく震えていた。
周囲には完全武装の兵士が八名いたが、ヤミの力なら突破すること自体は容易なはずだった。だがそれでは、ベスに危険が及びかねない。――それに、兵士たちだって人間なのだ。殺したくなんてなかった。
「アタシたちはここにいる占い師様とやらに用事があるんだ」
「武器を捨てて、おとなしく拘束されろ」
リーダー格の兵士――おそらく騎士――が言った。が、ヤミは「いやだ」と一言で却下し、騎士たちは揃って気色ばんだ。
「騎士総出なら力づくでもできるかもしれないけどねぇ。でも、残念ながら、今この場にいる八人だけは、確実に殺させてもらうかねぇ」
その言葉は脅しとしては十分すぎた。彼らは明らかに及び腰になった。ヤミの放つ異様なまでの殺気にあてられたのだろう。俺だって怖かった。これから何が起こるかわからなかったからだ。
ヤミは腕を組み、開いた正門の扉をのんびりと見ていた。そのラフな体勢からでも一撃必殺の迎撃を行えるのだから、決して油断しているわけではないと、俺にはわかっていた。
「押し通るかねぇ」
「ええ……!?」
無茶苦茶を言うと思った。そもそもこいつら、人を三人も問答無用で切り殺せるような連中だぞ……。
「相手に手の内は晒したくなかったんだけど、仕方ない」
ヤミはそう言うと、右手の指をパチンと鳴らした。
途端に、兵士たちは俺たちに背を向けて門扉の中へ戻っていく。
「解願ですか」
「そういうこと。ちょっと前に見ただろ」
兵士たちを追う形で、俺たちは城への侵入を果たした。
「問題はここからさ」
俺たちは素早く建物に潜り込むと、地下への入り口を探した。ある程度はベスの人形が導いてくれた。ベスの左腕の苦痛が人形にも共有されていて、その苦痛をさらにヤミが受け取ることで互いの位置関係がわかるのだと早口で説明された。全然理解が追いつかなかったが、「そんなもんだ」とのことだった。
「ここが正念場だ」
ヤミは額の脂汗をぬぐいながら呟いた。
それにしても苦痛を共有することで位置を割り出すなんて、無茶苦茶だと思った。それにヤミは刀で切った傷もあった。左腕には、相当な激痛が走っているはずだ。
途中で何人かの使用人や住人に遭遇したが、全てヤミの解願で切り抜けた。
「好奇心旺盛な連中で助かる」
「そうか、相手に期待のような願がなければ通じないのか」
「そういうことさ」
地下に行くには、城内をぐるりと半周しなければならなかった。経路の関係でずいぶんと回り道をせざるを得なかった。
「時間かかっちゃいましたね」
「占い師ハルベーデラ、だっけ。その目的もよくわからない。どうにかしないとねぇ」
「まずはベスの救出、ですね」
「ああ、そうだねぇ」
ヤミはそう言うと地下室へ続く扉を開け、石段を下り始めた。扉を開けた瞬間から、空気が変わっていた。重たく湿った黴臭い空気――。足元も湿っていて、角灯一つで暗い階段室を行くのには、実に神経を摺り減らされた。
「この先にベスが?」
先を行く俺がヤミを振り返った。ヤミの顔色は悪かったが、その青い瞳は爛々と輝いているように見えた。
「階段を下り切った部屋の西の扉の中」
「了解」
俺は階段が終わったのを確認して、角灯を高く掲げた。天井は見えない。石段がある東側以外の、北、南、西に古くて大きな一枚板の扉があった。
「北と南にも何かある気はするけど、とりあえず今は西だ、レア」
「はい、先生」
俺はゲミトルードを抜き放った。憂鬱になるほどの湿度が一息に乾いた気がした。
瞬間、俺はまた映像を見た。
ドアを開けた瞬間に突き出されてくる槍だ。それは正確に俺の心臓を貫いていた。
ままよ。
罠があることがわかったのだ。俺はその予知を信じて飛び込めばいい。
しかしドアを蹴破るのは物理的に不可能だ。俺は慎重にドアを引いた。そして胸のあたりを守るようにゲミトルードを振るった。
槍の穂先が胸に突き刺さる寸前で、ゲミトルードがそれを弾いていた。
「あっぶな……」
俺は冷や汗を覚えながらも、室内にじっと目を凝らした。燭台が置かれており、そこから放たれる弱々しい金色の輝きが、室内の惨状を照らしていた。
そして、人型の――しかし明らかに人ではない何かが鎮座していた。それはぶよぶよとした肉の塊だったが、その槍を構えた両手だけは人間の――それも女の――ものだと理解できた。不気味にもほどがあった。顔のあるべき位置も腐肉で覆われていて、しかしその中央には一つしかない目玉が半ば飛び出してついていた。
「人肉人形かい、趣味の悪い」
「ベデンド?」
俺はその肉塊から視線を逸らさず、訊き返した。
「呪術の道具作りの研究成果の一つ。屍霊術に通じるところのある技術さ」
「こんな……。これって人間なんですよね」
「人間の集合体。もう救えない」
ヤミが冷たく言い放つが早いか、人肉人形が攻撃を仕掛けてきた。
「この槍……!」
間違いない、ベスのものだ。
「先生、ベスを! たぶんあっちにいます!」
「ああ、ここは任せるよ」
ヤミは刀に手をかけつつ、速足で俺の後ろを通り抜けた。その時、血と腐肉と黴の臭いに満ちた空気が、一瞬だけ澄んだ。
人肉人形が吼えた。ニチャァと口のあたりの腐肉が裂けた。腐汁が派手に飛び散った。
俺はゲミトルードを構え、突き出されてきた槍を弾き返した。非常に重たい一撃だった。
今度はその長い柄を活かした薙ぎ払いが来る。
人間をはるかに上回るパワーとスピードで振るわれる槍は、脅威以外の何物でもなかった。
――勝ちの目はどこにある……?
俺は嗅覚を殺し、あまりの臭気にひりひりする目を叱咤しながら、その醜悪な人肉人形と相対した。




