第9話 問題ある生活
魔瘴の森に住み始めてひと晩が過ぎた。
カインは、顔を洗って目を覚ますと、朝食の準備を始める。
それからしばらくすると、ワムも起きてくる。
「おはようございます、カインさん」
「ああ、おはよう」
丁寧に挨拶をしてくるワム。
全身毛むくじゃらの二足歩行する犬、それがコボルト族の特徴だ。そんなワムだが、改めて見てみると、なんともズタボロな格好をしている。
魔族狩りに襲われて命からがら逃げてきた時から、服装はかなりボロボロだった。その後、カインと一緒に魔瘴の森まで旅してきたわけだが、その間にさらに服は見るも無残なほどの状態になっていた。
「どうされたのですか、カインさん」
「ああ、いや……」
首を傾げるワムに対して、カインはなぜか口ごもっている。
「とりあえず、顔を洗ってこい。まだ少し眠たそうだからな」
「あ、はい。そうします」
カインは口を押さえながら、沼の方を指差している。
カインの態度がよく分からないワムは、言われた通りに沼まで顔を洗いに向かう。
「まったく。服装がボロボロで扇情的だっていえばいいのに」
「おいこら、シスイ。正直に言うんじゃねえよ」
昨日仕留めてきたミアズマディアーの肉を煮込んでいるカインの後ろから、水の精霊であるシスイがひょっこりと顔を出す。
心の中をズバリ言い当てられたカインは、シスイに対して怒っている。
「まったく、コボルト相手に何を思っているのよ。それに、あの子はまだ子どもよ? あんたの年じゃ、周りに誰もいないからといっても犯罪よ。少しはしっかりしなさいよね。まっ、その様子じゃ、そもそも女性と縁がなかったぽいけどね」
「うるせえな。ほっといてくれ……、ぶつぶつぶつ……」
シスイの指摘に、カインは本気で不機嫌になっているようだ。
苛立つカインを見ながら、シスイはにやにやと笑っている。
「あの子もあの子で、そういうところは鈍そうよねぇ……。いい歳のはずなんだけど、いろいろ危なっかしい」
カインの後ろで、シスイはなにやら考えているようだ。
「まったく、何をするつもりだよ」
肉を煮込みながら、カインはシスイに聞いてみている。
「うん。あたしの縄張りの中でちょっと探してくるわ。ここで暮らすつもりなら、いろいろ充実させておいた方がいいでしょうからね」
「まあそうだな。ここに関してはお前が一番知っているからな。とりあえず頼むよ」
「まっかせなさい。あっ、そのディアーのスープを食べてからでいいでしょ?」
出かける気を見せたシスイだったが、目の前でいい感じで煮込まれていくミアズマディアーの肉を見てよだれを垂らしている。
水の精霊であるはずなのに、ずいぶんと肉食が過ぎる精霊である。
「そうだな。精霊とはいえど、元気の源は必要だもんな。食いたきゃ食え」
「やりぃっ」
シスイは宙に浮かびながら、両手をがっちりと組んで全身で喜びを表現している。まったく、精霊らしからぬところが多すぎるシスイである。
「すみません、お待たせしました」
そこへ、顔を洗ってきたワムが戻ってくる。
戻ってきたワムの顔を、カインはじっと見つめている。
「わわっ、なんでしょうか」
突然、顔を凝視されたものだから、ワムは驚いているというよりは怖がっている。尻尾も耳も、かなり垂れてしまっているようだ。
「カイン、やめなさい」
「あっと、すまない……」
シスイに声をかけられて、カインはハッと我に返る。改めてワムを見ると、全身を震わせているのが確認できる。
おそらく、魔族狩りに追われ続けていた恐怖を思い出したのだろう。カインに凝視されたことで、その時のトラウマが蘇ってしまったのだ。
あまりにもワムが怯えていたために、カインは大きく反省している。
「まったく、女性への気遣いができないんじゃ、これからの生活が心配だわ。よく、ここに来るまでの間に、この子がパニックにならなかったわよ」
シスイはカインの無意識の行動に呆れているようである。
「ああ……。ワム、悪かった。気をつけるよ」
「あ、いえ……」
頭を下げるカインに対して、ワムはなんと言っていいのか分からないようだった。
二人の様子を見たシスイは心配になったものの、改めて見たワムの格好に、早く服を用意すべきだなと再確認している。
「それじゃ、あたしはそろそろ見回りに行ってくるから、カインはちゃんとワムを守ってあげるのよ」
「分かってるって。俺にはいろいろ責任があるからな」
シスイがカインに念押しをしていると、カインはしっかりと答えている。
ところが、シスイは疑いの目をカインに向けている。さっきのことがあるために、どうしても信用しきれないといったところである。
「それじゃ、あたしは出かけてくるわよ。あんたは適当に畑でも作っているといいわ。野草はあるけれどすべてが食べられるとは限らないんだからね」
シスイは言うだけ言うと、すいーっと空を飛んでどこかに行ってしまった。
口うるさいシスイがいなくなると、食卓は一気に静けさに包まれてしまう。
カインとワムはお互いにそっと視線を向け合うものの、シスイがかき乱したせいか、どことなく気まずいようである。
結果として、ミアズマディアーの肉を煮込んだスープを二人して黙々と食べ続けることになってしまったのだった。




