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青年と少女コボルトの緩い自給自足生活  作者: 未羊


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第10話 水の精霊はフリーダム

 夕方になると、シスイが沼へと戻ってくる。


「たっだいまー」


「おう、おかえり。どうだった」


 にこやかにしているものの、カインはシスイに念のために確認を取る。

 シスイは歯を見せながらにっこりとした笑顔を見せている。全身が水でできた精霊にも歯があるとは驚きだ。


「ほら、目的のものは手に入ったわよ。ミアズマスパイダーの糸よ」


「おお。これまただいぶ大量だな」


 シスイが見せてきた大量の糸を見て、カインは驚いているようだ。


「何が大量なんですか?」


 地面を掘り返す作業をしていたワムがひょっこりと顔を出す。

 ワムの腕に抱えられていた大量の糸を見て、目を丸くしている。ただ、しっぽは垂れたままゆっくり左右に触れているので、心の中では警戒しているような感じだ。


「ミアズマスパイダーの糸だ。でも、これ普通触ると軽度のマヒを起こすからな。こいつは精霊だから、なんてことはないんだよ。気をつけるんだぞ」


「わわっ、それは怖いですね」


 カインから注意をされて、触ろうとしていたワムは手をすっと引いてしまった。

 ミアズマスパイダーは子どもくらいの大きさを持つクモで、その糸にはマヒの効果がついている。ワムよりもちょっと小さいくらいなので、おおよその大きさが分かるというものだ。


「いやぁ、戦いなしに手に入れてくるのは、ちょっと大変だったわね。あたしの水で育て上げた果物をプレゼントしたら、気前よく渡してくれたわ。ふふっ、日頃の行いってやつかしらね」


「まったく、都合よく言うなぁ」


 自慢げに胸を張るシスイに、カインは引きつった笑いを浮かべている。

 最初からそうだったが、カインとシスイはかなり親しい関係のようだ。そのおかげもあって、ワムはシスイに対してもほとんど警戒心を抱いていないようである。

 そのおかげで、この森の中での生活もずいぶんと平穏なもので済んでいるのだ。


「で、この糸をどうするんだよ」


 カインは改めて、シスイに糸の使い道を聞いている。


「なにって、その子の服を作るんじゃなかったの? かなりボロボロなんだから、年頃の女の子にいつまでもはしたない格好はさせてられないんでしょ?」


「まぁ、そうだがな……」


 シスイに言われて、カインは改めてワムの姿を見る。かろうじて大事なところは隠れているものの、袖や裾などはもう破けまくってほとんど意味をなしていない。


「で、服には誰がするんだ?」


「あー。それは考えていなかったわ」


 とはいえ、シスイが持ってきた糸は、触るとマヒしてしまうミアズマスパイダーの糸だ。このまま服に加工したところで、とても着られたものではない。

 いや、それ以前にどうやって服にするというのだ。カインもシスイも、縫製の技術を持ち合わせていないのだから。

 糸を入手したのはいいが、次に進むことはできなかった。


「しょうがない。近くの街に持ち込んで服にしてもらうか」


 カインは頭をかきながら、面倒くさそうにつぶやいている。

 ところが、シスイはそれを止めている。


「あんたねぇ……。外でお尋ね者になっているっていうのに、森から出て行こうっていうわけ? ばっかじゃないの?」


 無茶苦茶バカにした言葉でカインを止めようとしている。

 そもそも外の世界で暮らしづらそうな状態になっているというのに、そこにお尋ね者になっている可能性も高いときている。カインが出ていくわけにはいかないというわけだ。

 となれば、誰が糸を持って外へ行くというのか。

 もちろん、ワムだって無理だ。コボルトの外見というのは、そう簡単に変えられるものではない。多少変装したところで、一発で魔族だとバレてしまう。


「あの、私は服はこのままでいいですから……!」


 険悪なムードになりかけていることを察してか、ワムが二人を止めようとしている。

 それでも、二人は言い争いをやめようとしなかった。


「あたしが行くわよ」


 シスイが宣言していた。


「一応精霊だし、人型である以上、擬態はできるわ。それに、この糸のマヒ毒も無効化できるから、持ち運びも問題はないわ」


「ぐぬぬぬ……」


 シスイにここまで言われてしまうと、カインにはとてもじゃないけれど反論できる余地はなかった。まったくもって正当な意見なのだから。

 カインを言い負かしたかと思うと、シスイはワムの方へと視線を向ける。


「ダメよ。こんな場所とはいえ、女の子はちゃんとした服を着るべきだわ」


「そ、それは分かるんですけれど、そもそもシスイさんは服を……」


「黙りなさい。あたしは精霊だからいいのよ。まあ、人に化ければちゃんと服を着るけれどね」


 ワムの反論もぴしゃりと黙らせている。それと同時に、シスイは人間の姿に擬態を始める。全身透けた姿だったのが、きれいに着飾った妙齢の女性へと変化していく。


「どうよ。これなら人間たちに混ざっても問題ないでしょう」


「まあ、そうだな」


 自信たっぷりのシスイに対して、カインの反応はとても薄い。


「きれいです、シスイさん!」


 対して、ワムの方は手を組んで目をキラキラとさせている。しっぽは上がった状態で左右にものすごい勢いで振られている。


「うん、やっぱりこういう時は同性の反応がいいわね。少しは見習いなさい、この朴念仁」


「なんだよ、その朴念仁って」


「分からないならいいわよ。それとちょっとお金を寄こしなさい。人間の社会じゃ、お金は必須なんでしょ?」


「あ、ああ。分かったよ……」


 ずずいっとシスイに迫られたカインは、どうせもう使うこともないだろうと思っていたお金を取り出して、シスイに預けている。

 お金を受け取ったシスイは、実にほくほくとした顔でカインを見ている。


「それじゃ、敵情視察も兼ねて、ワムのために服を作りに行ってくるわね。お土産、楽しみにしててよね」


「それはいいんだが、お前、ここから離れられたんだな」


「精霊は基本的に自由よ」


 人差し指を立てて唇に当てると、カインに向けて意地悪そうにつぶやいている。

 まったくもって自分勝手で自由気ままなシスイには、カインも振り回されてばかりである。


 ミアズマスパイダーの糸とお金を持ったシスイは、これから真っ暗になるというのに、魔瘴の森の中を人間の街に向けて移動を始めたのであった。

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