第11話 水の精霊、街に行く
ざぶん……。
シスイは沼へと沈み込む。
目を閉じて精神を集中させ、周囲へと段々と意識を広げていく。
(見つけたわ)
何かを感じ取ったシスイは、ざぁっと水へと溶け消えてしまった。
「ぷはっ!」
次の瞬間、シスイは開けた場所にある水場に顔を出していた。
周りにはほとんど木が見当たらないので、魔瘴の森の中ではないのは間違いない。
さすがは水の精霊。水のある場所にならどこへでも移動できるらしい。
人が周りにいないことを確認すると、シスイは水場から脱出し、体を乾かす。
近くにはそこそこ大きな塀で囲まれた町があるので、転移はうまくいったようだった。
早速、シスイは街の中へと入っていく。
街の中に入ったシスイは、実に不機嫌になっていた。
「身分証がないからって、街の中に入るのに銀貨二枚持ってかれたわ。まったく、なんてドケチなのかしら。これなら、街の中の水場に転移すればよかったわ」
シスイはせっかくの美人画台無しになるレベルで怒っているようである。
よっぽど手持ちが少なかったのだろう。魔瘴の森に住んでいるシスイが、人間の街の相場など知るわけもないのだから。
「えっと、ミアズマスパイダーの糸を服にしてもらうにはっと……。確か、商業ギルドってところに行けばいいんだっけかな」
シスイはカインに聞いている情報に従って、商業ギルドを探す。銭袋の看板があるから、すぐに分かると聞いていたので、シスイはそれを目印に歩いていく。
目的の場所が見つかると、シスイは意気揚々と飛び込んでいく。
ざっと見回すと、誰もいない場所を発見したので、そこへと突撃していく。
「ちょっといいかしら」
「なんでしょうか」
「このミアズマスパイダーの糸を服にしてもらいたいんだけど、いいかしらね」
「み、ミアズマスパイダー?!」
受付に座る女性はびっくりしている。
すぐさま人を呼んで鑑定してもらい、本物であることを確認する。
「た、確かにミアズマスパイダーの糸でございますね。これで、どのような服を作ればよいのでしょうか」
「えっと、このメモの通りのサイズの服を作ってくれればいいわ。服と肌着を二着ずつ」
驚きっぱなしの女性に対して、シスイはにこにことしたままである。その余裕の姿に、女性はさらに表情をこわばらせていく。
「か、かしこまりました。これだけあればおそらくは余裕で作れると思います。それで、もし余った場合にはどういたしましょうか」
「そうね。買い取ってくれればいいわ。服の代金はそこから取ってもらって、足りなければ支払う。それでいいかしら」
「しょ、承知致しました。では、街一番の服飾店に依頼いたします。四日ほどお待ちいただきますが、よろしいでしょうか」
「了解。四日後に取りに来るわ。ここでいいかしら」
「はい、それで構いません」
商談がまとまり、服の受け渡しの契約書を受け取る。
ミアズマスパイダーの糸はすぐさま解毒処理が行われ、すぐさま服飾店へと運ばれていく。
カインから頼まれたことを無事に済ませたシスイは、再び街の中へと出ていく。
日数がかかるために一度森へと戻ろうとするシスイだったが、途中、とある建物の前を通りがかった時に、思わず立ち止まってしまった。
「げっ……。ほんとにあいつってば何やってるのよ」
建物の前に立てられている掲示板に、カインとワムの似顔絵が描かれた紙が貼られていたのだ。張り紙には『指名手配』の文字が大きく書かれている。
そう、先日の一件でカインは本当に賞金首になっていたのだ。ちなみにワムも同様である。
ぽつりと呟いたシスイだったが、興味深いのでもう少しまじまじと眺めていた。
なんということだろうか。そこにはさらに驚くべき情報が書かれているではないか。
「いや……、魔王を倒した勇者殺しって……。マジで何やってんだか」
シスイは呆れた顔をして掲示板を眺めている。
なんと、カインは魔族を助けた罪だけではなく、勇者殺しの嫌疑までかけられていたのだ。
(魔王を倒した勇者って……、あの時カインたちと一緒にいたちょっと幼い男の子よね。どう見ても仲が悪そうな感じはなかったんだけどなぁ……)
どうやらシスイは、勇者のことも知っているようだった。
(それよりも、このワムの情報も興味深いわね。これなら名前を持っていることといい、あの頭の良さも納得がいくってものよ。でも、カインには内緒にしておいた方がいいかしらね、うん)
掲示板を眺めながら、シスイは何度も頷いているようだった。
(さて、そろそろ一度森に戻りましょうか。さっきから人のことを見てる怪しいやつがいるみたいだし。用が終わったなら長居は無用ね)
シスイは自分の後ろの方へと視線をやる。人影らしいものは見えないが、どうやら視線を感じているようなのだ。
掲示板の前からくるっと体の向きを変えたシスイは、街の中にある水場の方へとそそくさと移動していく。それと同時に、怪しい視線の主たちも動き出したようだ。
シスイは、街の中にあった井戸のところへ移動すると、見られないようにしながら井戸の中へと飛び込む。
それから遅れることしばらく、実にガラの悪そうな連中が三人ほど現れる。
「くそっ、どこへ行きやがった……」
「おかしいですぜ、兄貴。こっちは行き止まりですよ」
「どうしやす、探しますか?」
一番体格のいい男に、ひょろい取り巻きが声をかけている。
「いや、この辺りには井戸の中しか隠れるところはねえ。井戸に隠れてりゃあすぐ分かるし、他のところに行くとしよう」
「合点でさぁっ!」
どう見回してみても隠れるようなところはないため、男たちは諦めて他の場所へと移動していく。
しばらくして、シスイは水の状態のまま井戸から顔を出す。
「人間の街って物騒だわね。服を取りに来る時は、もっと気をつけなきゃね」
シスイは少し体を震わせながら、再び井戸の中へと飛び込んでいく。そして、そのまま能力を使って魔瘴の森の沼へと戻ったのだった。




