第12話 話せない過去
夜の帳が下り、辺りはすっかり暗くなる。
そんな中、カインはシスイに呼び出されて小屋の外に出ている。
「ワムは寝たかしら」
「ああ、ぐっすり眠っているよ。ここにいるとよっぽど安心できるってことなんだろうな。ずっと気を張っていたから、反動が来てるみたいだ」
「そう」
シスイはワムがしっかりと眠ったことを確認すると、沼の方へと視線を向けて小さくつぶやいている。
シスイの意味のありげな態度に、カインは怪訝な表情を向けている。
「なによ」
「いや、なんか言いたげな表情をしているからな」
実に不機嫌そうな表情を向けられて、カインは正直に思ったことを話している。そのくらい、今のシスイの態度が理解できないのだ。
カインから視線を再びそらしたシスイは、またため息をついている。
「シスイ、服の注文はちゃんとしてくれたんだよな」
「帰ってきた時にちゃんと報告したでしょ。仕上がりは四日後よ」
よく分からない態度のシスイに対して、カインは念を押すように確認をしている。その顔を見る限り、相当いらついているようである。
そんな態度で確認するものだから、シスイもシスイでケンカ腰な様子で答えを返してくる。
雰囲気はなんとも最悪な状態だが、ひとまず服の注文が無事に行えていると分かると、カインはちょっとだけ気持ちが落ち着いたようだった。
「まったく、やけに機嫌が悪いから、注文ができなかったんじゃないかって心配したよ」
「ひどいわね。あたしをそんなに信用できないってわけ?」
髪をかき上げてつぶやくものだから、再びシスイはカチンと来たようである。
カインがこのように思うのにも根拠はある。単純にシスイが人間社会のことを理解していないと考えていたからだ。
だが、言われたことをこなせないようなシスイではない。カインが事細かに教えてくれたものだから、ちゃんとその任務は果たせているのだ。
なんともまぁ、認識のずれというものだろう。不要な仲違いである。
「だったら、なんでそんなに何かを言いたそうな顔をしているんだよ」
ちゃんと用事をこなせているのなら、確かにすることのない表情だろう。それゆえに、カインにとってはとても引っかかっているというわけだった。
ぶすっとした表情をするシスイだったが、ワムがいないこの状況なら聞いてみるかと、カインへと顔を向けた。
「なんだよ」
さっきまで視線をほとんど合わせようとしなかったために、急にがっつり目を見てくるものだから驚いている。
うろたえるカインに対して、シスイはずいっと顔を近付けていく。
「近い。ちょっと離れろ」
さすがのカインも、やたら顔を近付けられたら慌ててしまう。
カインの驚きを見て、シスイは少し距離を取る。
「街に行ったんだけど、やっぱり出てたわよ、カインとワムの手配書」
両手を腰に当てながら、シスイはさくっと切り出す。
手配書が出ていると聞いても、カインはまったく動じる様子はなかった。これは予想できていたことだからだ。
「それくらい出るだろうな。殺し損ねた魔族と、それを邪魔した冒険者なんだからな」
特に気に留める様子もないカインは、さらりと流すように話している。
ところが、シスイの表情は険しいままだ。さすがにその表情にはカインも小さく首を捻ってしまう。
「それはあたしも分かってたからいいの。ただね、あんたの手配理由には他にも書いてあることがあったの」
「何が書いてあったんだよ」
「勇者殺し」
面倒くさそうに聞くカインだったが、シスイの口からはっきりと告げられた言葉に黙り込んでしまう。
「勇者って、あんたがここに来た時にいた幼い子よね?」
「そうだ。それがどうしたんだよ」
「だったら、その”勇者殺し”ってどういうことなのよ。詳しく聞かせてちょうだい」
真剣な表情を向けるシスイだが、カインは固く口を閉ざしてしまう。いくら強く睨みつけようにも、カインはまったく口を開こうとはしなかった。断固黙秘のようである。
あまりにも話そうとしないカインの態度に、シスイは結局諦めたようだ。無理に聞くのはよろしくないと悟ったのだろう。
「はいはい、分かったわ。そっか、人間にはどうしても話せないことがあるってわけか。そうよね。あの子が勇者だとしたら、一緒にいたあんたがこんなところでひっそりとする必要ないものね。勇者のお供っていったら、普通はもてはやされるものね」
やれやれといった態度を取るシスイだが、それでもまったくカインは動じていない。よっぽど触れてほしくない物事のようだった。
「まあいいわ。そういえば、ワムの方にも面白い情報が書いてあったんだけど、そっちには興味ある?」
カインの態度がまったく変わりそうにないので、シスイは別の話題を振ることにした。そう、ワムの手配書の内容についてだった。
ところが、カインはワムの手配書の内容について、まったく興味を示さなかった。
「ワムが何者かはどうでもいい。俗世を離れて、ここで一緒に暮らす仲間だ。そこに身の上なんてのは関係ねえよ」
「はぁ~……」
もはやすべてを諦めたような感じすらある発言に、シスイは特大のため息を漏らしていた。
もう何を話しても無駄だと気付いてしまったからだ。
「分かったわよう……。今回見た内容は、あたしの胸の内にだけしまっておくわ。はいはい、この話はおしまい」
シスイは右手を左右にぶらぶらさせながら、沼の方へと向かっていく。
「まったく、何があったか知らないけれど、そこまで言うんだったらあんたももっと明るくしなよ。そんなんで、あの子を笑顔にできると思ってんの?」
そうとだけ話し掛けると、シスイは答えを待つこともなく、そのまま沼の中に姿を消してしまった。
「はぁ、確かにその通りだな……」
カインは小さく息を吐きながら、そのまま下を向いて黙り込んでしまった。
その姿は、まるで見えない何かに押しつぶされているようにすら見えてしまう。
しばらくそのまま下を向いていたカインだったが、いきなり体を起こすと、眠るために小屋の中へと入っていくのだった。




