第7話 足りないものを補いに
せっかく小屋を建てたというのに、中には何もない。寝る場所は床に直に寝ることになるのだが、なんということだろうか、野宿に使って毛皮くらいしかない。
「参ったな、転がって寝るには毛皮が足りない」
問題に気が付いたカインは、頭をぽりぽりとかいている。まったく、飛んだ大ポカである。
「わ、私は板の上でも構いませんよ」
ワムはそういうものの、カインはそれはダメだと一歩も譲らなかった。
「シスイ。悪いがワムを頼む」
「それは構わないけど、どこに行くのよ」
「夕食と毛皮、一緒に手に入れてくる」
「分かったわ。あたしに任せなさい」
あまりにもいい笑顔をしてくれるものだから、シスイはカインをそのまま見送ることにした。
ワムもシスイなら安心できるのか、不安そうな表情を浮かべながらも、カインを送り出していた。
開けた場所から、森の中へと入っていく。
瘴気が一気に濃くなり、呼吸をするのも厳しくなっている。
この濃い瘴気こそが、この森が魔瘴の森といわれるゆえんだ。濃い瘴気によって、ほとんどの生物がその活動を阻害される。そこに適応したものだけが、生き残れるという魔の森なのである。
そこを平然と抜けてきたカインとワムなので、ひっそりと暮らすにはちょうどいいというわけだ。
濃い瘴気に満ちた森の中、カインは木陰に立ち、様子を窺っている。
(俺の記憶が確かならば、この辺りにミアズマディアーがいるはず。瘴気に適応した鹿だが、肉は問題なかったはずだ)
どうやら、カインは鹿を狙っているらしい。
ごくりと息を潜ませていると、目の前にどす黒い角を持った、紫色の体毛に身を包んだ鹿が現れた。これが、ミアズマディアーだ。
全身を見てもよく分かるくらい、瘴気を全身にまとい、禍々しい雰囲気を放っている。眼光は鋭く、その姿は外敵を近付けさせない雰囲気に包まれている。
(よかった。運よく一匹だな)
周囲をよく確認したカインは、動きをよく見ながら、飛び出すタイミングを見計らっている。
しばらくすると、ミアズマディアーの視線が大きくそれた。
(今だ!)
注意が逸れたことを確認したカインは、ミアズマディアー目がけて一直線に飛び掛かっていく。
「ピエーッ!」
ミアズマディアーの悲鳴が響き渡る。
カインの放った攻撃は、まさに一閃。
なんと、一撃でミアズマディアーを仕留めていた。
実にあっけなく、毛皮を一枚ゲットしている。
「いや、これじゃ足りないな。使い古したやつは俺が使うからいいんだが、ワムは女の子だしな。きれいなやつを使わせてやりたい」
ぶつくさといいながら、カインはもう一匹仕留めることにしたらしい。
はたして、運よくもう一匹を見つけられるのだろうか。カインは、処理をしながらタイミングを見計らうことにした。
結果、カインは無事に二匹のミアズマディアーを仕留めていた。これだけあれば、一日ちょっとは食事に困らないだろう。
狩りの結果に満足したカインは、二匹のミアズマディアーを抱えて、ワムとシスイのいる沼まで戻っていった。
「ただいま」
「おかえり。って、相変わらず化け物みたいにさっくり倒しちゃうのね」
沼に戻ってきたカインをシスイが呆れた様子で出迎えている。
ミアズマディアーを二体も抱えて戻ってきたのだ。この魔瘴の森のことをよく知るシスイならではの反応だ。
「こ、これは……?」
留守番をしていたワムだが、カインが倒してきた魔物を見ながら、シスイの後ろに隠れながらカインに尋ねている。
「こいつはミアズマディアーっていって、この魔瘴の森に適応した鹿なんだ。毛皮は思ったより柔らかいし、肉もうまいときている。これでようやく、満足のいく食事が取れるだろうよ」
「そ、そうなんですね……。すごい角なのに、大丈夫だったんですか?」
「大丈夫に決まってるでしょ。なにせこいつは……」
驚くワムにシスイが説明を始めようとすると、どういうわけかカインがシスイに厳しい視線を向けている。それはまるで、しゃべるなといっているかのような視線である。
あまりにも背筋の凍りそうな視線だったので、シスイは息をのむと同時に言葉まで飲み込んでしまった。
「シスイさん、どうなさったんですか?」
「な、なんでもないわよ。とりあえず、カインの腕前は確かだから、何の問題もないわよ」
「そう、なんですね」
シスイの態度を見ると、カインは何かを隠しているように思えてくる。
ワムはまだ幼い感じを受けるのだが、ひしひしと何かを感じ取っているようだ。さすがはコボルトといったところである。
しかし、カインは自分にとっては命の恩人であるため、ワムは必要以上にカインのことを聞こうとはしなかった。
「それじゃ、今からこいつの肉でも焼くことにしよう。今から解体をするから、嫌ならシスイと一緒に適当に過ごしていてくれ」
「は、はい。ですが、せ、せっかくなので、解体するところを見せていただきたいと思います。ここで暮らすとなると、私もできた方がいいとは思いますから」
「そうか。でも、無理はするなよ。気持ち悪くなったら、いつでもシスイを頼ればいいからな」
「はい。お心遣いありがとうございます」
言葉を少し交わすと、カインはすぐさまミアズマディアーの解体を始める。ワムはその様子を後ろからじっと観察している。
すぐに離れていくだろうと思ったカインだったが、ワムは意外にも最後までしっかりと見続けていた。
おそらくは、ワムは魔族狩りによって仲間を皆殺しにされているはずである。その中で、彼女なりに一生懸命生きていこうとしている決意の表れなのだろう。
真剣な表情で解体を見守るワムの姿に、カインは思わず笑みをこぼしてしまうのだった。




