第5話 不気味な森の中で
魔瘴の森。
そこは、紫色や黒色の霧が漂う恐ろしい魔物たちの住む森である。
魔族であれど、あまり近寄ることのないような森であるため、ワムの耳や尻尾は元気なく垂れてしまっている。
森へと入っていったカインは、ワムを守りながら魔物を剣で斬り伏せていく。見るからに恐ろしい魔物であっても、まったくお構いなしだ。
あまりにも見事な剣捌きに、ワムは怖がりながらも感心するくらいである。
「ふぅ、魔王がいなくなったからか、少し弱くなったか?」
魔物を倒しながら、カインは思わず首を傾げている。
「魔物って、魔王様の力の影響を受けられるのでしょうか」
魔王という言葉を聞いて、魔族であるワムは反応せざるを得なかった。『様』をつけているあたり、魔族にとって魔王という存在がどういうもの中、よく分かるというものだ。
「さぁな。だが、以前に戦った時よりは間違いなく弱い。これなら、あんまり苦労せずに目的地に着けるかもしれないな」
「えっ、森の中に目的地があるんですか?」
「ああ、もうちょっと歩くことになる。俺から絶対に離れるなよ?」
「は、はい!」
魔瘴の森の中に目的地があると聞いて、ワムは思わず震え上がっている。しっぽが完全に毛が逆立ってしまっているくらいだ。
さすがに剣を振るう邪魔になってはいけないので、ぴったりとはいかないものの、ワムはカインからほとんど距離を取らず左側を歩いている。
森の中を歩いていたカインだったが、ようやくぴたりと足を止める。
「よし、着いたぞ」
「えっ、ここが目的地ですか?」
カインの言葉を聞いて、ワムはとても戸惑っている。
目の前にあるのは、魔瘴の森の中では確かに珍しい、ちょっと開けた場所だ。少し奥を見ると、水場のような場所が見える。
水場が近くにあるのであれば、確かに暮らしやすそうではある。しあし、ワムはどうしてこのような場所で暮らそうとするのか、まったく理解できないようだった。
「ワム、こっちに来てくれ」
「は、はい!」
カインが呼ぶので、ワムは慌ててカインのところまで走っていく。
心配そうに周りを見回している間に、カインはいつの間にか水場の方へと移動していたのだ。だから、ワムは怖くなって走っていったのだ。
「あの、水場まで来られてどうなさるおつもりなんですか?」
「まあ、黙って見ていてくれ」
ワムがおそるおそるという感じで覗き込んでいると、カインは沼に向けて体を向けると、すうっと息を吸い込んだ。
「おーい、いるかーっ!?」
大きな声で沼に向けて呼び掛けている。
驚いたワムは目をチカチカとさせているのだが、カインの呼び掛けにもまったく変化はない。
「おっかしいなぁ……。あいつはここから移動できないはずなんだが?」
首をひねりながら、カインはもう一度呼び掛けようとして息を吸い込む。
その時だった。
「おっ?」
目の前で沼の水が渦を巻き始める。
しばらくすると水竜巻が起こり、ざあっと弾けると、中から水の体を持った女性が姿を見せた。
「うるさいわね。せっかく気持ちよく寝ていたのに」
全身が水でできた女性は、明らかに不機嫌そうである。ものすごい目でカインを睨んでいる。
「そういうな。せっかく久しぶりに来たというのにさ」
カインが言葉を返しても、女性の不機嫌な様子はまったく変化がなかった。髪の毛をかくような仕草をしながら、露骨に嫌な表情を浮かべている。
「それで、カイン一人だけなの?」
「ああ、いろいろあって、みんなバラバラだ。そういうお前も一人なのか、シスイ」
「あたしはずっと一人よ。大体、魔瘴の森に住む水の精霊なんていうのが珍しいんだからね」
シスイと呼ばれた女性は、カインの周りをうろちょろしながらいろいろと話している。
そうかと思えば、近くにいたワムに気が付いて、顔をひょいと近付ける。
「ひゃうっ!」
慣れないものを見たせいで、ワムは驚いて全身の毛を逆立てせている。よっぽど怖かったようだ。
「ふぅん。ちんちくりんな子ね。どうしたの、このコボルト」
「ああ、人間のやってる魔族狩りに追われていたんだ。つい放っておけなくて助けちまったから、隠れ住むのにちょうどいいところはないかって、ここにやってきたんだよ」
「なるほどねぇ。本当、人間ってのは自分勝手な連中だわ」
「結局、種族の違いだけで本質は変わらないのかもな」
シスイはカインと話をしながらも、ワムのことをじろじろと見つめている。そのあまりにねっとりとした視線に、ワムは完全に怯え切っている。
「ここに住むっていうのなら、私は歓迎よ。あなたには正気を取り戻してもらった恩もあるしね。好きなだけ住むといいわ」
「ああ、そういってもらえると助かる」
カインへとそう伝えたシスイは、再びワムへと近付く。
「あなたもここに住むことを許可してあげる。カインと一緒にいるから特別よ」
「は、はい。よ、よろしく、お願いします……」
ワムは終始シスイに怯えていたものの、住む許可を出してもらえたことでほっとひと安心したようである。
そのまま、ワムは力が抜けたように倒れてしまう。
「お、おいっ!」
「ふぅ……。ずっと緊張していたみたいだから、安心して気が抜けちゃったのね。そのまま寝かしておいてあげたらいいわ。なんなら、あたしが面倒を見てあげる」
「ああ、悪いな。俺はまだやることがあるから、よろしく頼むよ」
ワムのことをシスイに任せ、カインは何かを始めるようだった。
カインは剣を手に取ると、なにやら神経を集中させ始めたのだった。




