第3話 訳ありな二人
黙り込むコボルトの少女に、青年は作った料理を差し出す。
「ほら、食べるといい。あんなことがあった直後で人間から物を受け取るのは不安だろうが、食わないことには元気も出ない。毒なんて入ってないから安心しろ」
青年がずいっと差し出すと、コボルトの少女は最初は警戒していた。
しかし、食べ物のにおいをかがされた上に、大きなお腹の音を響かせてしまっては、食べざるを得なくなった。
「ありがとう……ございます」
コボルトの少女は、驚いたことにお礼を言って受け取っていた。
器を覗き込みながら、改めてにおいをしっかりと嗅いでいる、言葉だけでは信用がないということだろう。
しっかりと確認した少女は、ようやく器に入った料理を食べ始めた。
「……おいしい」
ぽつりと言葉を漏らしたかと思えば、少女は夢中で料理を平らげていた。
食べ終わった少女は、じっと青年の方を見つめてくる。その表情を見て青年は察したのか、器を受け取ると二杯目を注いでいた。
よっぽどお腹が空いていたのだろう。嬉しそうに二杯目も平らげてしまっていた。
食べ終わった少女は、うとうととし出していた。
全力で逃げてきたからだろう。
不安と絶望から解放されて気持ちが緩んだところに、お腹まで満たされたのだ。眠気が唐突に襲い掛かってきたようだ。
「安心して眠るといいよ。君のことは俺が守ってやる」
青年がそう声をかけると、コボルトの少女はこくりと小さく頷いて、そのまま眠ってしまった。
世の中は、しばらく前まで魔王による脅威がはびこっていた。
その魔王は、異世界から召喚された勇者によって討たれた。
魔王の脅威が消えたかと思うと、しばらくして始まったのが、人間たちによる魔族狩りだ。
今まで恐怖にさらされていたうっ憤を晴らすかのように、魔族であるならどんな相手でも構わずに虐殺するという、魔王たちから受けた恐怖をそっくりそのままやり返していた。
今、青年と一緒にいるコボルトの少女も、そういった恐怖から逃げてきたのだろう。あの時の状況を見る限り、そうとしか思えなかった。
「ごめんな。俺にもっと力があれば、こんなことは防げただろうにな……」
青年は、穏やかな寝息を立てているコボルトの少女の顔の毛をそっと撫でていた。
撫でられた少女は、嫌がるかのように顔を動かしている。
コボルトの少女が安心して眠れるように、青年は夜通し、ほぼ起きて周りを警戒していた。
朝を迎える。
コボルトの少女は、鼻をひくつかせながら目を覚ます。目をこすりながら体を起こすと、青年が声をかけている。
「起きたか。今朝食を作っているからな。少し待っていてくれ」
青年の言葉に、少女はこくりと頷いていた。
でき上がった朝食を食べながら、コボルトの少女はようやく青年に話しかけている。
「あの……」
「うん、なにかな」
「どうして、私を助けてくれたんですか?」
コボルトの少女は、昨日のことを尋ねているようだ。
それもそうだ。目の前にいる青年は、自分を追いかけてきた連中と同じ人間だ。だというのに、追いかけてきた連中を追い払い、こうやって食事まで与えてくれているのだから。疑問に思って当然だろう。
だが、青年の方はどう答えたものだろうかという感じで、頭をがしがしとかいている。
「助けたかったから助けた。それでいいんじゃないかな」
「でも、私は魔族ですよ?」
「他者を嫌う理由なんていうのはどうでもいいし、人を助けるのに、理由とかいるのかな?」
「そ、それは……」
「助けたかったから助けた。それでいいじゃないか」
少女がしつこく聞いてくるものの、青年はのらりくらりと躱していた。
とどめに返された言葉に、目を丸くして黙り込んでしまっていた。
「とはいえ、君を助けたことで俺もお尋ね者だろうな。となれば、どこかに引っ込んだ方がいいだろう。どうせ、お尋ね者になる前から似たような状況だったからな」
「で、では、どうするのですか……」
コボルトの少女は、かなり警戒した状態で青年を見ている。
そんな状況だというのに、青年は意外にもあっけらかんとした表情をしている。何か策があるというのだろうか。
「考えられる案があるとするなら、誰も来なさそうなところに行くという選択肢しかないだろうな」
「だ、誰も来ないような場所ですか? そのような場所が、あるのでしょうか……」
コボルトの少女は疑ってかかっている。そんな場所があるわけないと、不信感を露わにしている。
だが、青年の方は心配するなという感じの表情を少女に向けている。
「ある。なにせ、かつては世界中を旅したことがあるからな。それじゃ、片付けて行くとしようか」
青年は立ち上がると、野宿の後始末を始める。荷物をまとめ終わり、背中に背負い上げると、改めてコボルトの少女へと顔を向ける。
「そうだ。名前くらいは教えておいてやるか。俺はカイン、あてもない旅をしている冒険者だ」
「わ、私はワムです。見ての通りのコボルトです」
「へえ、名持ちの魔族か。珍しいな」
少女の口から名前が出てくると、カインは不思議とにこりと微笑んでいた。
魔族で名前を持っているというのは、とても珍しいことなのだ。なので、カインはワムには何か事情があるのだろうと察したようである。
「じゃ、行こうか、ワム」
「はい」
カインが手を差し出すと、ワムはその手をすんなりと取っていた。
こうして、青年冒険者とコボルトの少女の奇妙な関係が始まりを告げたのだった。




