第21話 その滞在は嵐のように
魔瘴の森にやってきたメイベルは、そのままひと晩小屋に泊まっていくことになった。
「悪いな、ほとんど何も用意できなくて」
「仕方ないわ。押しかけてきた私が悪いんだし」
一緒に夕食を食べることになったが、ミアズマディアーの肉と適当な野草だけの、実に質素な食事だった。
こんな食事とはいえど、魔王討伐の時の食事に比べればまだましともいえる状態だった。あの頃は、街から遠ざかった時にはほとんど食事が手に入らなかったのだから。
「ワムちゃんは足りているかしら」
「はい、私は大丈夫です」
メイベルに尋ねられて、ワムはにっこりと微笑んでいる。その精一杯の笑顔に、メイベルは釣られるように笑っていた。
食事を終えた後は、ゆっくりと休むだけだ。
その時、メイベルはワムと一緒に眠ることを選んでいた。
カインは久しぶりに会ったので、少しくらいは話がしたいと思っていたようだが、メイベルからは断られてしまった。その顔はとても残念そうである。
その様子を見ていたワムは、メイベルはカインと寝るべきと抵抗しようとしたものの、結局メイベルに押し切られてしまっていた。
カインの眠る部屋とは、壁を隔てて隣なので、あんまり離れたという雰囲気はない。なにせ突貫で建てたような小屋なのだ。窓こそあれど扉がない。
とはいえど、カインとは離れたことで、メイベルはちょっと安心していたようだった。
「あの、メイベルさん」
「何かしら、ワムちゃん」
「どうして、私と一緒に眠ろうと思われたのですか?」
ワムから質問されたメイベルは、なぜか黙り込んでいた。
暗がりの中なのでよくは見えないものの、黙り込むメイベルの顔を、ワムはしっかりと見つめ続けている。
あまりにも真剣な表情を向けられ続けるものだから、メイベルはワムの質問に答えることにしたようである。
「そうね……。ここに来る前にあなたたちの手配書を見たのよ」
「手配書、ですか?」
何のことかはっきりとは分からないワムだが、メイベルの雰囲気からするにろくなものではないものだということは感じ取っているようだ。
「ワムちゃんに聞きたいんだけど、あの手配書に書いてあったあなたの身分。それは本当のことなのかしら」
「なんて書いてあったんですか?」
メイベルが確かめるように質問をすると、ワムは文言について尋ね返している。
質問に対しメイベルがはっきりと答えると、ワムはその内容をしっかりと認めているようだった。
「そっか……。だとするならば、とてもつらいでしょうね」
「はい。お父さんもお母さんも、村のみんなも、私を逃がそうとしてみんな死んでしまいました。私だけがこうやって生きているというのは、本当にいいのだろうかと、時々自分に問いかけたくなってしまうんです」
「逃がしてくれたのなら、それでいいと思うわ。あとはあなた次第と思うわ」
「……そうなのでしょうか」
メイベルに言われて、ワムはかなり落ち込んでいる様子を見せている。
「そうよ。逃してくれた以上、ワムちゃんはしっかりと生き残らなきゃ」
「……はい」
はっきりと生き残れと言われて、ワムは小さな声ながら返事をしていた。
「それで、ワムちゃんは復讐はするつもりなの?」
「えっ、復讐ですか?」
「そう。仲間が皆殺しにされたのよ? やり返したいとは思わないかなと思ってね」
「私は……、そうは考えておりません。第一、今の私はとても貧弱です。まずは、カインさんに助けていただいたお礼をするので精一杯ですよ」
「……そっか」
つぶやくような声ながらも、しっかりと答えていたワムの態度に、メイベルはとても納得いったような感じだった。
「ごめんなさいね。変なことを聞いてしまって」
「いえ。私もいずれは踏ん切りをつけなければいけないと思っていました。その、ありがとうございます」
謝るメイベルに対して、ワムはどちらかといえば感謝しているようだった。
思ってもみなかったワムの反応に、やはりただのコボルではないということを、メイベルは再認識したようである。
そのことが分かったメイベルは、話をこのあたりで終わりにして、もう寝ようとワムに持ちかける。ワムもそれを了承し、二人はぐっすりと眠りについたのだった。
翌朝、朝食を食べ終えると、カインたちは小屋の外で集まっていた。
「本当に行くのか、メイベル」
「ええ。昨日も言った通り、世界には困っている人たちがたくさんいるわ。人間だろうと魔族だろうと、助けられるのなら助けてあげたいわ」
「そっか。お前らしいが、俺の二の舞だけはやめてくれよ?」
「ふふっ、そうね」
カインが自分がお尋ね者になってしまったことを引き合いに出して、メイベルにしっかりと釘を刺していた。
謹慎させられてしまったとはいえど、メイベルは聖女なのだ。その立場がある限り、人間たちからは悪いようにされないはずである。
「それじゃ、私はもう行くわ。カイン、ワムちゃんを守ってあげてよね」
「もちろんだよ。もう外の世界にはすっかり未練はないし、引きこもるにはちょうどいいからな」
「……まったく、相変わらずというかなんというか」
カインから返ってきた言葉に、メイベルはとても頭が痛そうである。
「なんだよ、その反応は」
「いや、カインらしいって思ってね」
「……まったく、変なメイベルだな」
カインは腕を組んでなんとも不機嫌そうにそっぽを向いていた。
あまりにも子どもっぽい反応に、ワムですら笑ってしまっている。すると、カインはさらに拗ねてしまっていた。
「それじゃ、最後に聖女らしいことをしてから旅立つことにしましょうかね」
「何をする気だよ」
「こうするのよ」
話に区切りがつくと、メイベルはその場に跪いて祈りを捧げていた。
メイベルから放たれた光は、小屋を中心とした一帯にキラキラと降り注いでいる。
「聖女としての祝福を与えておいたわ。それじゃ、また会いましょう」
メイベルはそうとだけ言い残すと、ローブを深くかぶり、魔瘴の森の外へと向けて旅立っていく。
カインとワムは、その姿をただじっと見送るのだった。




