第17話 少女コボルトは強くなりたい
魔瘴の森に住み始めてからというもの三十日、ようやく生活に安定感が見え始めた。
とはいえ、畑の状態はまだ芽が出て少し大きくなったくらいだ。自分たちだけで生活するには、まだまだ不安要素が多い。
現在のところ、小屋周りで育てているのは芋と小麦、シスイが魔瘴の森で適当に集めてきた食べられる植物だけだ。食事の現状は、カインが狩ってくる魔物と、シスイが街や森に出かけて手に入れてくる植物で成り立っている。
一人で小屋に残って畑の世話をしているだけのワムは、自分だけがここに残っていていいのかちょっと疑問に感じ始めていた。
「あの、カインさん!」
「なんだよ、ワム」
そう思った日のこと、ワムは思い切ってカインに声をかけている。
「私に剣を教えてもらえませんか?」
「えっ、ええ? いや、別にいいんだが……。どうしたんだ、一体」
さすがのカインも唐突な申し出に困ってしまっている。
ところが、ワムの表情は真剣だ。その表情に、カインは頭をぽりぽりとかき始める。
「今のところ、私は安全なところにいるといえます。ですが、私だって守られてばかりではいけないと思うんです。なので、自分の身を守れるくらいにはなりたいんです」
ワムはとても必死な様子だ。
そういえば、カインが初めてワムと出会った時、魔族狩りからただ逃げているだけだった。
コボルトとはいえど魔族には違いないし、どちらかといえば好戦的な種族だ。敗走していたとしても、ちょっとありえない状況に思えた。
それからもふさぎこみがちだったワムが、こうやって必死に頼み込んでいる。気持ちが持ち直したことで、思うところがあるのだろう。
「よし、分かった。とはいえ、あんまり無茶をするんじゃないぞ」
「はい」
カインが了承すると、ワムは明るい表情を見せていた。
ミアズマディアーの毛皮を渡した時や新しい服に身を包んだ時など、ちょくちょくと笑顔を見せることはあったものの、最近は自然と笑えるようになってきている。
そのせいだろうか、カインも少しずつだが笑えるようになっている。今もワムの笑顔につられるようにして、少し笑っていた。
話をしていた翌日のこと、ワムはいよいよカインから剣の手ほどきを受けることになる。
ちなみにだが、シスイは木の実を探しに出かけている。
カインは畑を耕すために鍬を作った時に残っていた木の棒を加工して、ワムの体型に合った木の棒を作り、それを手渡している。
「どうだ、持った感じは」
「すごいです。私の手にしっくりきます」
「そうか、それはよかった」
コボルトの手は人間のように五本指にはなっているが、肉球があったり、指の長さが少し短かったりと、あんまり物が握りやすいとは言えない状態だ。それでも、カインが渡した木の棒を、ワムはしっかりと握りしめている。重さ的にも問題はなさそうだ。
両手でしっかりと握って、ワムは試しに数回縦に小さく振ってみている。
「うん、いい感じのようだな」
「はい、すごくいい感じです」
目をぱっちりとさせて、ワムはしっぽを振りながら話している。
「これをしっかりと振り回せるようになれば、畑仕事も手伝える幅が広がるだろうな」
「はい、頑張ります」
両手でしっかりと木の棒を握りしめ、ワムはむんと気合いの入った表情を見せている。
「よし、それじゃ俺が見本をまずは見せるから、同じことをやってみようか」
「はい、何をするのでしょうか」
「素振りだ。こうやって、直立した状態から片足を少し前に出す。それと同時に木の棒を振り下ろして、戻す時に前に踏み出した足を元の位置に戻す。これの繰り返しだ」
「ふむふむ、なるほど……」
ワムはとても真剣にカインの動きを見ている。これは本気でやる気だなと、カインも感心しているようだった。
カインが数回見本を見せた後、ワムに二十回ほど同じことをやらせてみる。
なんといっても初めてだし、コボルトとはいえど、ワムはまだ幼い女の子だ。最初から無理をさせるのはよくないだろうと、少なめに回数を設定したというわけだ。
案の定、二十回という回数だったにもかかわらず、終わった時のワムはかなり疲れているようだった。
「はあ、はあ……」
「よし、おつかれさん。初めてだった割りには、結構筋がよかったぞ」
「あ、ありがとうございます……」
完全にへとへとになっているワムは、カインの言葉にまともに答えられる状態にはなかった。
「おっと」
かと思えば、突然バランスを崩している。思った以上にワムにはきつかったようだった。
カインはワムをしっかりと抱え上げると、小屋の中まで運んでいく。さすがに地面に寝かせるほど面倒くさがりではなかった。
ちょうどその時にシスイが戻ってきて、へとへとになったワムを見てカインを怒鳴りつけ始めた。
「おい、シスイ、でかい声を出すな」
「何をやらせたのよ。ワムはか弱い女の子よ、無茶させんじゃないの」
「いや、ワムから剣を習いたいって言ってたんだぞ。素振りを二十回させただけでこうなったんだ」
「かーっ。これだから気遣いのできない男は!」
「なんでそうなるんだよ! シスイ、とりあえずお前の力で水を飲ませてやってくれ」
「言われなくても!」
へとへとになったワムの目の前で、カインとシスイが文句を言い合っている。
自分を心配してい言い合う二人の姿を見たワムは、疲れ切った状態であるにもかかわらず、嬉しそうにしているのだった。




