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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season5 ― 心が動く瞬間(とき)―  作者: 柊梟環
EVOLVE Season5 ― 心が動く瞬間(とき)―
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第3章 心が動く瞬間(とき)

“正しさ”と“やさしさ”の設計が並ぶテスト。

完璧な理性と、柔軟な心。

二つの答えが画面に示され、鷺沼は初めて揺らぐ。


朝、リモート会議の通知が上がった。

アークシステムズとアルカディア・インテリジェンスの合同プロジェクト第八工程。

今日の議題は、システム連携の進行確認――ただ、それだけのはずだった。


モニターに並んだ顔ぶれの中に、

鷺沼さぎぬまは見慣れない二人を見つけた。


「ネクサス・インク・ソリューションズの

永峰ながみねと申します。」

画面越しに、車椅子に座る男性が穏やかに頭を下げる。


その隣で、やさしい笑顔の女性が続いた。

「アトラス・インテリジェンスのあかりです。  

 分析担当で参加します。」


その声は柔らかく、静かで、どこかあたたかい。

だが鷺沼は、目を伏せるようにして短く答えた。

「よろしくお願いします。こちらの資料に沿って進行します。」


冷たく整った声が、会議室の空気を締めつけた。

柊や凪、環もその温度差にわずかに息をのむ。


鷺沼の指示は正確で速い。

ミスの入り込む余地など一つもない。

だが、その中に――

ほんの一瞬だけ沈黙が生まれた。


灯が、そっと質問をしたときだ。

「鷺沼さん、この工程の目的って、“人が操作するとき”のエラーも考慮されていますか?」


その言葉に、鷺沼は顔を上げた。

わずかに眉が動く。


「操作ミスはユーザー側の責任です。

 設計は“正しさ”を前提に構築すべきでしょう。」


言い切ったあと、なぜか胸の奥で小さなひびのような痛みを感じた。

灯は怒らず、ただ静かに頷いた。

「そうですね。でも、“人の不完全さ”も、システムの一部だと思っているんです。

 正確さとやさしさ、両方あって初めて動くような……

 そんな仕組みがあったらいいなって。」


その柔らかな声が、冷たい空気の中にゆっくりと染み込んでいった。

何かがわずかに軋んだ気がした。


永峰が静かに補足する。

「でも、それが“現場の現実”なんです。

 たとえ車椅子の自分でも、ミスを減らす仕組みには救われることが多いですから。」


その一言に、鷺沼は言葉を失った。

自分よりも不自由な身体で、

自分よりも穏やかに話す彼の声。

なぜか、目の奥が熱くなった。


――これは、何だ。


痛みでも、違和感でもない。

ほんのわずかな、温度のようなもの。


鷺沼は息を整え、無表情を取り戻した。

「……進行を続けましょう。」


画面の向こうで、灯と永峰が小さく頷いた。

その瞬間、鷺沼の胸の奥で

“氷の角が、ほんの少し欠けた”音がした。



◇◇◇



― 鷺沼・独白 ―


会議が終わっても、あの言葉が耳の奥に残っていた。


――“人の不完全さ”。

――“ミスを減らす仕組み”。


どちらも、合理的とは言い難い言葉だ。

だが、なぜか頭から離れない。


完璧であることが正義。

そう信じて疑わなかったのに、

今だけは、ほんのわずかに

“正しさ”が揺らいだ気がした。


ミスを減らす――。

それは、排除でも矯正でもない。

「許容」という考えに近い。

だが、そんな甘さを認めたら、

どこまで崩れてしまうのだろう。


鷺沼は小さく息を吐いた。

「……くだらない。考えるだけ無駄だ。」


そう言いながらも、

モニターの黒い画面に映る自分の顔が、

どこか疲れて見えた。



◇◇◇



― 鷺沼・抵抗 ―


数日が経っても、あのファイルのことが頭から離れなかった。

灯と永峰の設計、そしてあの言葉。

“人の不完全さ”――“再挑戦性”。

どれも曖昧で、理屈に合わない。


「くだらない。あれは例外だ。」

そう呟いてペンを取る。

線を引く。真っすぐに、完璧に。

だが、ペン先が震えていた。


完璧さが自分を支えてきた。

それを手放したら、何も残らない。

だから、理想を崩してはいけない。

正しさを見失えば、誰も守れなくなる。


そう思いながらも、

胸の奥のひびは、完全には塞がらなかった。



◇◇◇



― 鷺沼・夜の残響 ―


夜、オフィスの灯が落ちた。

静まり返った部屋の中で、

モニターの青白い光だけが鷺沼の横顔を照らしている。


仕事は終えている。報告書も完了した。

なのに、心だけがまだ動いていた。


ふとした瞬間、また思い出す。

灯の声。永峰の言葉。

“起きたときに人を責めない仕組みをつくること。”


何度追い払っても、

静けさの中で必ず戻ってくる。

まるで遠くから呼ばれるように。


鷺沼は目を閉じ、

頭を振るようにして理性を立て直した。

「違う。理想を崩すな。」


だがその声は、どこか弱々しかった。


冷たく閉じた心の奥で、

微かな温度がまだ消えずにいた。

思い出すたびに、

氷の内側で小さな水音がした。


結果はひとつの事実を示した。

揺れた心を認めたくない鷺沼は沈黙するが、

その沈黙こそが“変化の始まり”だった。

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