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前世の約束 2

「──そこにおるのは、誰じゃ!」


 見れば、白い祭服姿の年老いた神官が立っていた。


 昨日見た神官の祭服よりも装飾が凝っているので、年齢的にも位が高い人物なのかもしれない。


 ララは棺の上に置いていた酒杯をつかみ、とっさに逃げようとする。


 しかしその間にも、年老いた神官はララに駆け寄ると鬼の形相で叫ぶ。


「その手に持っているものなんじゃ! はっ! 聖杯ではないか!」


「あ、あの、これは──」


 ララは必死に言い訳を考える。しかし年老いた神官は聞く耳を持たない様子でまくし立てる。


「今は光の間にあるはずの大聖女さまの聖杯を、なぜお前が持っておる! さては盗んだな、この泥棒め! 返すんじゃ!」


「ち、違うんです! これは元々わたしのもので!」


「尊き大聖女さまのものを自分のものだと⁉︎ 盗みだけでなく、大聖女さまを侮辱するような偽りまで、なんたる娘だ!」


「え、そんな!」


「それに、その髪の色はなんだ! 大聖女さまに似せておるのか! 小癪な!」


「え?」


 言われた意味がわからず、ララは年老いた神官を見返す。


 しかしふと見れば、取り合いになっている銀製の酒杯の磨き上げられた表面、そこに映り込んでいる自分の顔を見て思わず、目を疑う。


「──えっ⁉︎」


 そこには見慣れた薄茶色の瞳と髪ではなく、前世のララフネスと同じような薄水色の瞳と髪に変わっていた。


「な、なんで⁉︎」


「ふん、どうせ何か小細工でもしておるんじゃろうが、この神官長であるわしの目はごまかされんぞ!」


 どうやらただの神官ではなく、神官長だったようだ。


 怒り心頭の神官長は手を伸ばし、ララのおさげを乱暴に引っ張る。


「痛っ! ちょ、ちょっと待ってください!」


「ええい、この泥棒め! なぜ聖杯を盗んだ!」


「いえ、だから! 盗んだわけじゃなくて、ちょっと拝借しただけで」


「はあ⁉︎ ちょっと拝借したじゃと! 聖杯をなんと心得るか!」


 神官長はますます怒りをあらわにする。ララは必死で説明する。


「だから、アスとの約束で、どうしても必要だったんです!」


「アス? 約束? 何を言っておる小娘! ええい、さっさと返さぬか!」


「あの、ですから! そもそもこの酒杯も、聖杯と呼ばれて祀られるような代物じゃなくてですね!」


「おお、なんと無礼なことを! 大聖女さまの神聖な聖杯までも愚弄するとは!」


「あー、もう、だから、──あっ!」


 揉み合いになった拍子に、酒杯が宙に放り出される。


 すると神官長が、その年とは思えない俊敏さで酒杯を両手でキャッチした。


「な、なんと罰当たりなことを──ッ!! 傷がついたらどうしてくれるんじゃ!」


 しかし、酒杯に注がれていたリンゴ酒は見事に床にぶちまけられた。


「ええい、誰かおらんのか! 盗人じゃ! ここに盗人がおるぞ! なんとしても捕まえ──……」


 捕まるのはまずい。ララが慌てて逃げ出そうとした瞬間、突然目の前で神官長が倒れた。


「──えっ!」


(まさか、死ん──)


 不吉なことが頭をよぎり、ララは蒼白になる。


 急いで神官長の口元に耳を近づけてみれば、きちんと息をしていた。


 どうやら眠っているだけのようだ。いびきまでかき始め、完全に寝ている。


 ララは深く安堵する。


「……でもなんでこんな急に? いや、そんなこと気にしている場合じゃない。一刻も早くこの場から逃げなきゃ!」


 ララは酒杯を元々置いてあった光の間に返すのを諦め、眠っている神官長もそのままの状態にして、急いで霊廟を抜け出す。



 来た道と同じ、庭園を抜け、回廊に差しかかる。


 走りながら、向こう側にある建物の回廊を歩く男性の横顔に、ハッと目を見開く。


「──アス?」


 先ほど霊廟の肖像画でも目にした、アルトリウスそっくりの男性だった。


 生きているはずはない。なぜなら五百年以上も経っているのだから。だとすれば、子孫だろうか。それならば似ていることもあるのかもしれない。


 思わず駆け寄って声をかけたい衝動に駆られたが、意味のないことだと言い聞かせ、そのまま走り抜ける。


 走りながらララは、背中で揺れる自分のおさげに手を伸ばし、確認する。


「本当に変わってる!」


 見間違いではなく、本当に前世のララフネスと同じ薄水色の髪だった。


 激しく混乱する。とてもではないが、これではお供として連れて来られた男爵令嬢のミリーのところには戻れない。


 それにミリーのことだ。皇城から退去する際に小間使いのララひとり見当たらなくても、探すこともせず捨て置くだろう。


 ララは覚悟を決めると、一旦立ち止まり、急いでエプロンを脱ぐ。


 ワンピースのポケットにしまっていた財布を取り出し、中から銅貨を一枚抜き取ると、それをエプロンのポケットに入れる。


 エプロンを借りたお詫びにもならないが、何もしないわけにはいかなかった。


 エプロンを手早く畳んでから、近くの生垣の上にそっと置く。


 あとは、見つけてくれた誰かが洗濯場に持っていってくれるよう祈るしかない。


 先ほどの年老いた神官長が目を覚ませば、意識を失う前に目撃した容姿の娘を探すはず。


 黒色のワンピースだけなら、ある程度誤魔化せるかもしれない。


 今の時代、薄水色の瞳は特別珍しいわけではなさそうだが、薄水色の髪はあまりいないようで目立つ。ララフネスの時代にはさほど髪色が珍しいと思ったことはなかったのに、時代の流れを感じる。


 ともあれ、見つかって捕まる前に逃げなければ──。


 皇城は高い城壁に覆われているため、外に出るためには城門を通り抜ける必要がある。


 門はいくつかあるようだが、一番疑われず通り抜けやすいのは、商人たちが出入りする用の南の裏門だろう。


 ララは南の裏門を目指し、皇城の外に逃げることを最優先に全力疾走する。


 敷地は広く、次第に息が切れる。


 あと少しで裏門に着くところまで来たとき、突然声が聞こえた。


「──無事、逃げられそ?」



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