帝都へ 2
数日後、ララは重苦しい気持ちのまま、勤め先の男爵令嬢ミリーの小間使いとして帝都行きの馬車に乗っていた。
自分たちが暮らす山間の小さな田舎町から帝都へは、馬車で二週間以上かかる。
帝都までの道中、ララは同じ馬車に乗っていた男爵家の中年女性のメイド長から、ミリーが帝都に向かう理由を自慢たっぷりに胸焼けしそうなほど何度も聞かされた。
きっとミリーから、ララにしっかりと言い聞かせるよう指示でもされていたのだろう。
この国の皇帝が病で突然崩御したと知らされたのは、つい三か月ほど前のこと。
空位に伴い、現在帝都にある皇城では、新たな皇帝即位のための『戴冠神聖式』という儀式を執り行う際に必要な聖女の選定が行われているという。
なんでもその儀式では、神聖力という不思議な力を持つ聖女と呼ばれる役割の女性が必要らしいのだが、詳しいことはメイド長も知らないのだろう、ララが訊き返すと言葉を詰まらせ逆ギレされた。
ともあれ、帝国内の一定の年齢に達している貴族令嬢が、その聖女選定というものを受けようと皇城に集まっているとのことだった。
領地もない田舎の男爵家の令嬢であるミリーが帝都、さらに皇城に呼ばれるなどどういうことかと思っていたら、そういうわけだったらしい。
その後、お尻が痛くなるほどの長い時間を馬車で揺られて過ごしたのち、ララを含めたコックニー男爵家一行の馬車はようやく帝都に到着する。
整備された広い街道、ひっきりなしに行き交う豪奢な馬車。洗練された服装で歩く紳士や淑女たち、活気あるさまざまな商店や露天。
ララは初めて目にするものばかりに圧倒されながら、帝国民なら死ぬまでに一度は帝都を訪れたいという声があるのも、決して言い過ぎではないと感じた。
帝都の高台にある皇城を見上げたときには、その荘厳さに思わず息をするのも忘れてしまったほどだった。
高い城壁に囲まれた一角、門番のいる城門を抜けたあと、広大な敷地の奥へと進む。
皇城の入り口で紹介された若い女性使用人に案内されながら、ミリーのあとに続いてララも皇城内へと足を踏み入れる。
歩きながら、使用人が城内の建物や位置などの大まかな案内をしてくれる。
途中で見かけた、白い隊服姿の者はこの帝国の聖騎士だと言い、反対に濃紺の隊服姿の者は皇帝直属騎士団の騎士だと教えてくれた。
それをミリーはさも知っているふうを装っていたが、彼女自身、帝国の騎士らを実際に目にするのは初めてのようで、興味津々なのは隠しきれていなかった。
騎士の中には高位貴族の嫡男が経験を積むために在籍している場合もあるらしく、男爵令嬢のミリーにとって玉の輿を狙えるまたとない機会なのだろう。
ひと通り皇城の案内が終わると、城を離れ、敷地内をしばらく進む。
やがて到着した城内の一角にある大きな屋敷、その中の一室を滞在先としてミリーはあてがわれた。
ほかにも皇城入りした令嬢たちやそのお付きの使用人たちが忙しなく、部屋と廊下を行き交っている姿が見える。
あちこちから聞こえてくる使用人たちの立ち話から推測すると、戴冠神聖式と呼ばれる儀式では、皇帝が次期皇帝に帝冠と帝笏を譲り渡すことで譲位が完了するらしいが、皇帝が崩御した場合は、聖女がその亡き皇帝の代理を務めるようだ。
そして、すでに有力な家門の令嬢のほとんどは選定を受け終えたらしく、あとは下位貴族である子爵家や男爵家の令嬢が自身の順番が来るのを待っている状況らしい。
もうしばらくすれば選定も終わるようで、聖女はこれまで選定を受けた者の中で最も神聖力が高く、聖職者を多く輩出する家門の筆頭侯爵家の令嬢が一番有力だという噂だった。
神聖力というものがどういったものなのかララにはよくわからないが、儀式上の役割とはいえ、性格の悪いミリーが聖女に選ばれる可能性は低いのではないかとなんとなく感じる。
まだ来たばかりだが、皇城から立ち去るのも早そうだ、と思った。