魔の森の巨木 3
アーヴィンは剣を握っていないほうの手を、傷ついたララの腕にかざし、急いで治癒を施す。
すると間もなく、ララの腕の傷はきれいに塞がっていた。
ララは驚いて声を発する。
「昔は、治癒は得意じゃないって言ってたのに……」
「まあね、でもあれからそれなりにできるようになった。滅多に使わないけどね」
そう言ったアーヴィンは、どこか悲しげに眉尻を下げる。
男女の差なのか、明確な理由はわからないが、昔から治癒に関しては女性である聖女のほうが優れていた。
同じ神聖力を持つ聖騎士が治癒を行なっても、あまり効果にはつながらないのだ。
事実、前世ではアルトリウスの高い神聖力を持ってしても、それは覆らなかったと記憶している。
ただ、今のアーヴィンが治癒を施せるのは、前世のアルトリウスがララフネスの死後、魔獣大討伐で生き残った治癒に優れた聖女らに教えを乞い、試行錯誤を経て根気強く治癒力を磨いた経験があるからだ。
鍛錬を重ねるうち、ある程度の重症でも治せる腕前にはなった。本当ならもっと早くに磨くべきだった。ララフネスがいなくなって、残されたアルトリウスはどれほど深く後悔したかしれない。
そんなことを知らないララは、感情を抑え込んでいるようなアーヴィンの顔を見てしまうと、それ以上尋ねる気持ちにはなれなかった。
そのとき、アーヴィンは背後から襲いかかってくる魔獣に気づくと、振り向きざまに叩き斬り、自身の側近を呼ぶ。
「テオ──!」
「アーヴィンさま! あれ見てください!」
追いついたテオが、魔獣に応戦しながら叫ぶ。
「あの真っ黒い巨木から落ちた魔石が、魔獣に──!」
急いで目を向けたアーヴィンは、あり得ない光景に大きく目を見開く。
それはつい先ほどララも見た、深い闇に覆われた巨木から落ちた魔石が瞬く間に黒く染まり、魔核石を持つ魔獣に変化する光景だった。
「あれが根源か──」
アーヴィンは瞬時に判断する。
すぐさま巨木に狙いを定めると、剣を握り直し、地面を蹴って駆け出す。
「待って! その木を切ってはだめ!」
猛然と走っていくアーヴィンを止めるべく、ララは必死で叫ぶ。
「──なんで、この木が魔獣を生んでる。ララも見ただろ!」
「いいえ、魔獣じゃないわ! この木が邪気に侵されてるの! だから木から落ちる魔石に黒いシミの邪気が入り込むせいで、魔獣になるのよ!」
足を止めたアーヴィンは信じられないとばかりに、ララを見返す。すると、
「アーヴィンさま、僕も聞いたことが! 魔獣が魔獣になる原因は、その身にある魔核石が影響しているんじゃないかって!」
「なんでお前がそんなこと──」
「アーヴィンさま、後ろ!」
ハッとして身をかわしながら、牙を剥く魔獣を両断する。
アーヴィンに伝えようと、戦いながらテオがさらに叫ぶ。
「じつは──っ、僕の亡き父が魔の森や魔獣の研究をしてたみたいで、そのことを書き記した日記があるんです! 幼い頃には母が読み聞かせてくれたことも! でも魔の森の話は昔から避けられているので、誰にも言えず──っ! うわっ! こっちからも魔獣がっ!」
テオは隊服が破けながらも跳躍し、襲いくる雄牛のような魔獣の胴体を鮮やかに斬り落とす。
──魔獣が魔獣になる原因は、その身にある魔核石が影響している。
テオのその言葉に、ララはハッと目を見開く。
立ち上がり、急いでアーヴィンのあとを追い、巨木に近づくとその場に膝をつく。
「──ララ、何を!」
ララは両手を巨木に当て、すぐさま神聖力を送る。
手応えがあった。
(これなら──っ)
ララは肩越しに振り返ると、アーヴィンに向かって、
「少しでいいから、時間を稼いで!」
そう叫ぶと、再び巨木に向き直り、両手から神聖力を最大限送り始める。
途切れることなく、次から次に現れる魔獣がララたち目がけ、襲いかかってくる。
アーヴィンはララの背後を守るように剣を振りかざしながら、テオに素早く視線を送る。
「テオ、できるな!」
「ええー、もうヤケクソだ! わかりましたよ! せめて僕の亡骸はちゃんと回収してくれるんでしょうね!」
「魔獣に喰われてなきゃな!」
「ああー、もうっ!」
アーヴィンとテオは連携しながら、巨木の周りに群がる魔獣を次々と消し去っていく。
それを背に感じながら、ララは集中力を高め、さらに神聖力を込める。
(もっと力を込めないと──。もっと、もっと──)
力が限界を突破するのを感じる。
それでも手はゆるめない。
でも命を投げ出すつもりもない。
もう後悔はしたくないから──。
ララは必死で神聖力を送り続けた。
やがて、巨木の中に満たされた神聖力が枝葉を伝い、青白い光が外へとあふれ出てくる。
ララが送った神聖力が巨木全体を覆い尽くし、なおも広がる光が辺り一帯を優しく包み込む。
ララ自身を、必死で戦うアーヴィンやテオを、襲いかかる魔獣たちを──。
閃光が空気を切り裂き、巨木から天へと、光は意志を持つかのように宙を一直線に駆け昇っていった。