魔の森の巨木 2
魔獣たちは低い唸り声をあげ、ギラついた目と剥き出しの牙を見せ、こちらに襲いかかるタイミングを窺っている。
あまりに数が多すぎる。
前方の魔獣を倒せても、途切れることなく次の魔獣に一気に襲われれば、単独のララには勝ち目はない。
(どうする──!)
しかし考える時間はなかった。
先頭の魔獣の一頭が動いた瞬間、それを合図にほかの魔獣も一斉に飛びかかってくる。
反射的にララは両手のひらを地面に当て、地面を通して魔獣たちの体内目がけ、一気に神聖力を発する。
地面から伸びた矢のような神聖力が、前方にいた魔獣の巨体を突き抜け、瞬く間に消滅させる。
その場には魔核石だけが残される。
しかしすぐさま、その後方にいた魔獣たちが地面を蹴って、ララに攻撃をしかけてくる。
それをかろうじてかわし、振り向きざまに神聖力をぶつける。
それでも魔獣は攻撃をゆるめてくれる気はないようで、次々と狂ったようにララに牙をむく。
考えるよりも先に体が動くまま、際限なく現れる魔獣を消し去っていく。
「グオオオォォ──ッ‼︎」
けたたましい咆哮とともに、向こう側の木の影から大きく跳躍した一際大きな魔獣が、一気に間合いを詰めてきた。
魔獣の鋭い爪が、ララの体めがけて向かってくる。
ララは体を捻り、すんでのところで避ける。
がしかし、その爪の先がほんのわずかララの腕をかすっていた。
わずかにもかかわらず、ララの着ている服の袖は瞬時に裂け、えぐられたような激痛が走る。
腕からは血がぶわりとあふれる。
激痛に意識がそれ、よろめいたララを、魔獣は見逃さなかった。
すぐさま、ララの頭を噛み砕こうと、グワッとその口を大きく開く。
ララは傷を負っていないほうの手をかざそうとしたが、それよりも魔獣の動きのほうが速かった。
まぶたを閉じる間もなく、大きな牙が迫ってくるのを凝視することしかできない。
──間に合わない。
ララは死を覚悟する。
と同時に、ふいに思い浮かぶ顔があった。
その刹那──。
迫りくる魔獣の首が眼前で飛んだ。
直後、魔獣の巨体がさっと霧散する。
「──ララッ!」
ララの視界には聖騎士の白い隊服が映る。その服はひどく汚れている。
「……アス?」
ララは震えでかじかむ唇を、なんとか押し開く。
(助けに、来てくれたの……?)
そこにいたのは、アーヴィンだった。
ほんの数秒前に死を覚悟したとき、無意識に思い浮かんだ顔が目の前にあった。
少し前に辺境の町で彼に再会できたばかりだったのに、目が覚めると捕らわれの身になり、魔の森へと入ることを余儀なくされた。今となっては、再会できたのは夢だったのではないかとさえ思えるほど。
もう会えない──。
そう思うと、ひどく悲しかった。心残りだった。
前世では、命をかけることにためらいはなかったのに──。
ララの瞳に涙が浮かぶ。
無意識に手を伸ばし、彼の上着を握り締める。
「──もう、会えないかと思った……」
アーヴィンは驚いたように目を見開く。
しかしすぐに、ひどく優しげに笑うと、
「そんなに寂しかった?」
危険なこの場にそぐわないほど、緊張感のないおどけた調子で言う。
そんな彼の冗談を気にする余裕のないララは、反発するでもなく素直に小さく頷く。
「──遅くなってごめん」
過酷な状況に置かれたゆえのララの素直な反応に、アーヴィンはそれを未然に防げなかった自分への怒りと憤りをぐっと呑み込む。
苦しげな表情を浮かべ、やがて確かめるようにそっと彼女を抱き寄せる。
しかしすぐに、ララの体に触れた手のひらが濡れるのを感じて、ハッと顔を上げる。
「ララ、血が──」