魔の森 3
殺気と監視が混じり合う視線を背後に受けながら、ララは魔の森とこちら側とを隔てている不気味な青紫色の霧へと近づく。
注意深く辺りを見回せば、適度な距離で生える木々の中で、なぜか一本だけ不自然に切られた真新しい切り株があることに気づく。
間引くにしては、この一本だけというのも奇妙に思えた。
霧はその木の周辺だけ少し薄いようにも見えたが、常に揺らめいているため、その関係で見え方が変わるのかもしれない。
ララは背後をちらりと目をやる。
皇帝直属騎士の男と黒装束の男たちからある程度離れたことを確認すると、そっとささやいた。
「……フィー、いる?」
「……いるよ、ララ」
すぐさま返答があり、ララは深く安堵する。
姿は見えないが、顔のすぐ横に祝宴の妖精、フィーの気配を感じる。
「……よかった、今度はそばにいてくれたのね」
「ねえ、ララ。ララを害するあの男どもを酔わせて眠らせてやろうと思ったんだけど、あの騎士の男を中心にぼくの魔法が全然効かないんだ。なんでだろう、もしかしたらあの男の先祖に高位妖精の加護を受けた人間でもいたのかも、厄介だな──」
何か重要な言葉を聞いた気がするが、今はそれどころではない。フィーの魔法も効かないなら、自力でどうにかするしかなかった。少しばかり当てにしていたが仕方ない。
「フィー、わたしを助けてくれようとしてたのね、ありがとう」
ララはわずかばかり視線を横に向けて、お礼を言う。
フィーはくるりと羽ばたいて、ララの正面に来ると、薄っすら姿を見せた。
背後にいる男たちからは、ララの体が死角になってフィーの姿は見えないだろう。
フィーはひどく不安げな表情を浮かべている。
「ねえ、本当にこの先に進む気? やめておいたほうがいい。ここは昔からすごくいやな感じがするんだ、羽がゾワゾワする。その霧を抜けたら、中位妖精のぼくでも多分一瞬で消えそう」
「そう……」
そもそも魔の森の中では何が起こるかわからない危険があるため、フィーについてきてもらおうとは思っていなかったが、予想以上によくない状況らしい。
それでも無関係の幼いダナが人質に取られている以上、引き返すことはできない。
「……ねえ、これ外せる?」
ララは手枷にそっと視線を落とす。
身動きが取れないうえに、神聖力まで封じられている。
森の中に足を踏み入れる前に、せめてこれだけは外しておきたい。
「──やってみる」
フィーの言葉のあとで体がふっと軽くなり、封じられていた神聖力を感じられるようになる。この分なら、手枷はあと少しの力を加えるだけで外れるだろう。
「ありがとう」
「ほかには?」
ララは少しだけ考えたあとで、
「じゃあ、わたしの神聖力を回復させることはできる?」
本当に何が起こるかわからない。少しでも身を守れるよう力を蓄えておきたい。
「わかった、できる限り回復させてみる」
すると、ふわっと芳しい香りがしたかと思えば、先ほどの魔獣討伐で不足してしまった神聖力が満たされる感覚があった。
「……ありがとう、フィー」
「……本当に気をつけて、ララ。また会えなくなるなんてやだよ……」
ララは意を決して、怪しく揺らめく青紫色の霧をくぐった。