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何度もこうする仲だった 1

 人々が安堵と喜びに包まれる一方で、ララはまだ慣れないこの体で大きな神聖力を使った影響だろうか、強い眠気に襲われ、今にも倒れそうになる。


 怪我していた町の人々や聖騎士たちは、先ほどララが発した神聖力を受けたことで、ある程度治癒できているようで、それだけは安心だった。


 そのとき、ララの体を誰かが素早く抱き留め、強く抱きしめる。


「──ララ! やっと捕まえた!」


 ララは意識が遠のきそうになるのを堪えて、目を開く。


(──アス……?)


 自分の顔を覗き込んでいるのは、アルトリウスによく似ていた。


 懐かしくて、無意識に気を抜きそうになるが、ハッと我に返る。


 自分がよく知る筆頭聖騎士だったアルトリウスは、この時代にはいない。となれば、今まさに自分をしつこく追いかけて来たアルトリウスそっくりのあの聖騎士しか考えられなかった。


(捕まったら処罰される──!)


 ララは一気に意識を取り戻すと、


「は、放して──!」 


 ジタバタと手足を動かし必死に抵抗する。


 そんなララの抵抗などお構いなしに、相手は無言のまま、彼女の体をいとも簡単に抱き上げる。


 その場から離れるようにして、やがて半壊している建物の裏手まで来ると、ララをそっとその場に降ろして座らせる。


 と同時に目の前に陣取ると、手を伸ばし、ララを拘束するように両手をきつくぎゅっと握った。


「ちょっと! 放しなさいよ! わたしは聖杯を盗もうとした罪人なんかじゃないんだってば!」


 ララはブンブンと両手を振り回しながら、相手をキッとにらみつける。


「ねえ、落ち着いて」


 暴れるララに対して、さも楽しげな声が聞こえるものだから、ララはますます苛立つ。


 思わず、これまでの蓄積していた怒りをぶつける。


「はあ⁉︎ 落ち着けるわけないでしょ! わたしのことずっと追いかけてたの、あなたたち聖騎士なんでしょ!」


 目の前のアルトリウス似の聖騎士は、キョトンとしたあとでにこりと笑い、

「ああ、気づいてたの? 大変だったんだよ、ここまで追いかけて来るの」


「やっぱり! この間なんか城郭に囲まれた大きな街で剣まで向けて襲ってきて、死ぬところだったじゃない!」


 相手は途端に険しい表情になり、ララの両肩をガッと強く掴む。


「──剣で襲われた? 誰に?」


「そんなのこっちが訊きたいわよ!」

 ララは怒りを込めてまくし立てる。

「わたしを追ってたって言うなら、あなたたち聖騎士のしわざじゃないの? 大聖女の聖杯だかなんだか知らないけど、たかが酒杯(ゴブレット)ひとつ拝借しただけで命を狙われるなんて、いったいこの国はどうなってるのよ!」


 ララは、はあはあと息を切らす。


 確かに、無断で酒杯を拝借したのは申し訳なく思っている。言い訳にしかならないが、盗むつもりなどなく、きちんとあとで返すつもりだった。でもまさかそれが命を狙われるほどの罪になるなんて思わないではないか。


 アルトリウス似の聖騎士は、背後に立つ灰褐色の髪の若い聖騎士に目を向ける。


 視線を受けた若い聖騎士が、あり得ないとばかりに首を振って否定する。


「──相手の顔は見た?」


 こちらに向き直った彼がやけに真剣な表情で訊いてくるものだから、ララの怒りの感情が急降下する。


 あのときの黒装束の男たちは、やはり聖騎士とは無関係だということなのだろうか……。


 ララは小さく首を横に振る。


「……いいえ、全身黒装束で、顔も隠してたし……、それ以上はわからない」


 暗殺者のようだと感じたが、絶対そうだったとも言えない。あえて口に出すのは控えた。


「そう……、用心したほうがよさそうだ」


 アルトリウス似の聖騎士はそう言いながら、思案するそぶりを見せたあとで、再び背後にいる若い聖騎士に視線を送る。


 一瞬ヒヤリとする空気が漂った気がして、ララの体がわずかにビクッと反応する。


 その怯えを感じ取ったのか、再びララに向き直った彼は、安心させるように優しく微笑む。


 ララの頭のてっぺんからつま先までじっくり確認するような視線を向けたかと思うと、そのあとでララの顔を食い入るようにじっと見つめる。


 その視線が熱を帯びていくような気がするのは、気のせいだろうか。


 ララはやけに落ち着かない気持ちになって、もぞりと体を動かす。


「──ああ、本当にララだ」


 相手はさっきよりもずっと強い力で、確かめるようにぎゅっとララを抱きしめた。


「はっ⁉︎ ちょ、ちょっと、何するの!」


 ララは逃れようとジタバタと暴れる。

 そこでふと、名前を呼ばれたことに気づき、


「ていうか、そもそもなんでわたしの名前知っ──!」

「ちょっと、ごめん」


 そうささやくように言われたかと思えば、唐突に噛みつかれるように強く唇を塞がれる。


 あまりに突然のことで、ララは目を見開いたまま硬直する。


 経験したことのないほどの至近距離で、相手の伏せた長いまつ毛が視界に入る。


 唇がわずかに離れた瞬間、


「──プハッ! ちょっと何す──、ん!」


 今度は頬を両手で力強く包み込まれる。


 まったく身動きが取れないまま、相手は顔の角度を変えて、深く何度も口付けてくる。


 頭が痺れるような初めての感覚に襲われそうになるのを必死に堪えながら、ララは抗議するように拳でドンドンと相手の胸をこれでもかというくらい叩く。


 しかしびくともしないし、一向に放してもくれない。


 ようやく唇が離れたときには、ララは酸素不足でクラクラしながら、はあはあと肩で息をするしかなかった。


 どういうつもりだと相手をにらみつければ、にっこり笑って、またぎゅっと抱きしめられる。


「──ああ、全然足りない、どうしよう」


 耳元に熱のこもった息がかかる。


「な、な、な──」


 予期せぬ事態に、ララはわなわなと震える。


 怒りが湧き起こる一方で、突然こんなことされたのに、どこかいやじゃないと感じる自分がひどくふしだらに思え、わけがわからなくなる。


 耳まで熱くなるのを堪えながら、なんとか抗議の言葉を発する。


「あ、あなたねぇ! 勝手にこんなことしていいと思ってるの⁉︎」

「アス、だよ。ララ」


 彼は言い聞かせるように言った。


「──は?」

「だから、俺だよ、アルトリウスだよ。もう忘れちゃった? それとも全然覚えてない?」


 ララは目を瞬かせる。


 アルトリウスだと言った目の前の聖騎士は首を傾げ、確認するように、


「きみはあのララフネスじゃないの? 記憶があるからあの酒杯を手にしたんじゃないの?」


「え──」


「俺は全部覚えてる。ララがいなくなったあとは地獄だった。きみがいない世界で皇帝になるしかなくてさ。でもララが『あとはお願いね』て言って、命をかけてまで救ったこの土地を、俺が投げ出すわけにいかないじゃないか」


「──そんな、まさか」


 ララの唇が震える。


「ああ、よかった。その様子だと俺のこと覚えてくれてるみたいだね」


 彼は心の底からうれしそうに笑う。


 頭が追いつかないララは呆然としている。


 その隙をつくように、チュッと軽く唇を寄せられる。


 ララが目を大きく見開くと、相手は誰もが魅了されるような笑みを浮かべ、

「ね、俺たち何度もこうする仲だったじゃない」


 その言葉に、ララは素早く手を振り上げる。だがすぐに手首を掴まれ、止められる。


「う、嘘ばっかり!」


 ララは真っ赤な顔で、悲鳴のような声をあげる。

 こんな仲どころか、キスだってしたことない。


 記憶にあるとすれば、ほんの少し軽く抱擁したことがあるくらい。

 そもそも自分達は、恋人でもなんでもなかったのだから。


 関係を表すなら、仲間、戦友、同志──。

 その中に恋人の文字はない。


 そのとき、ララはここにいるのがふたりだけではなかったことを唐突に思い出す。


 急いで、彼の背後に目を向ける。


 先ほどからずっといた灰褐色の髪の若い聖騎士は、気を遣ってか目をつむって、プルプルと必死に顔を背けている。


「ち、違いますからッ!」


 ララは恥ずかしさで死んでしまいそうになりながら、声をあげる。


 目の前で、自分がアルトリウスだと言う彼は唇を尖らせる。


「えー、言い訳ー?」

「そ、そっちが勝手にしてきたくせに!」

「ララからしてくれてもいいんだよ?」

「するわけないでしょ⁉︎」


 噛みつくように言い返すララを見て、彼はクスクスと笑う。愛しむように、本当にうれしそうに笑う。


 だからララはつい目が離せなくなる。こっちまで幸せな気持ちになる。


 そこでまた、ごく自然に顔を寄せられそうになったので、慌てて手で阻止する。


 だがあろうことか、その手のひらの上から唇を押し当てられた。


 彼の柔らかな唇を肌に直に感じて、ぎゃっと声をあげたララは、慌てて手を引っ込めようとする。


 しかしすぐにつかまれると、動かせない手のひらに頬をすり寄せられる。


 ララの心臓が大きく飛び跳ねる。


 グラグラする頭の中で疑問が浮かぶ。


(えっと、アスってこんな性格だったっけ……?)


 前世でもこんなことをされた記憶はない。


 ララの心の内を読むように、彼はすっと射るような視線を彼女に向ける。


「俺はね、前の人生で我慢してもひとつもいいことなんかないって学んだんだ。もう後悔したくない」


 ひどく切実な声音だった。


 そう言った彼の意図はわからないながらも、その言葉がララの胸に深く突き刺さる。


 そのとき、慌ただしい足音が響いたかと思えば、ひとりの聖騎士が焦った様子で駆け寄ってきた。


 魔獣はララが神聖力で消し去ったが、町には甚大な被害が出ている。建物は激しく壊れているし、事態の収集が急務だった。


「俺の指示がなくても動けるはずだけどね。わかった、今行く」


 指示がなくてもと言いつつも事の重さを認識しているように、すぐさま真剣な表情になる。


 あんなにもララを逃さまいとしていたのに、するりと手を離す。


 それがやけに寂しく感じるのは気のせいだろうか。


 彼は先ほどからそばに控えていた若い聖騎士に視線を向けると、

「テオ、彼女は誰かに狙われている。絶対に目を離すな」


「あ、は、はい──っ!」

 テオ、と呼ばれた若い聖騎士はピシッと背筋を伸ばして頷く。


 彼はララとテオを残し、その場を離れて行った。



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