魔獣暴走と大聖女の再来 2
「魔獣暴走──?」
逃げ惑う人々の流れに逆らって、ようやくララが到着した先。
そこは、中心に小さな噴水がある円形状の広場──、のはずだった。
しかし、今や見るも無惨なほどに広場の噴水は破壊され、周囲の建物も地震でも起きたかのように軒並み崩れ、地面にはあちこちに大きな穴が開き、激しい亀裂が入っている。
広場の端、崩れた建物の陰には震えてうずくまっている人々の姿が見える。逃げ遅れた人々や怪我人がいるようだ。
視線を向こうに向けると、押し寄せる魔獣の大群を白い隊服の聖騎士らしき人物らが戦いながら、なんとか食い止めようとしている姿が見える。
彼らは奮闘しているものの、ララが見渡す限り、戦う騎士の数が圧倒的に足りない。
視界の遥か向こう、魔獣に立ち向かう先頭には、ほかの騎士らとは明らな力の差を感じさせる騎士と、その後ろ、経験は浅そうだがそれなりの実力を感じさせる騎士がいる。
だが、対する魔獣は次から次へと集団で現れ、その凶暴さも増す一方のようだった。
見るからに聖騎士たちはかなり疲弊していて、中には傷を負いながらも応戦している者もいる。
このままでは、力尽きてしまうかもしれない。
でもララが聖騎士たちの前に出ていけば、捕えられてしまうだろう。彼らは大聖女の聖杯を盗もうとした罪人を追って、ここまで来た可能性が高いのだから。
そのとき立ち塞がる聖騎士たちの隙をついて、狼のような魔獣の何頭かが俊敏に左右にジグザグに飛び跳ね、聖騎士たちの背後にいた逃げ遅れた人々目がけて一気に襲いかかるのが視界に映る。
──もう迷っている暇はなかった。
ララは瞬時に駆け出す。
魔獣との距離を一気に詰めると、両手をかざし、神聖力をぶつけてその体を消滅させる。
そしてすぐさま、両手のひらを地面に当て、大きな神聖力を発した。
神聖力の青白い光が地面を通し、魔獣たちの体目がけて下から一気に上へと突き抜ける。
その光は矢のようないくつもの筋となって、上空へと向かって伸びていき、やがて弾けるように辺り全体を柔らかく覆い尽くす──。
大挙して押し寄せていたそれぞれの魔獣の巨体が消滅し、雨粒のように魔核石が落ちて、地面のあちこちに転がる。
「……ふう」
ララは深く息を吐き、じわりと滲み出していた額の汗を拭う。
なんとかうまくいったようだ。
前世のララフネスが最後の最後で魔獣を一掃したときのあの経験が、ここで役に立つとは。
神聖力はかなり使ったが、地面を媒介にしたので、広範囲に力を発しても前世のように命を削るほどではない。
(それに、もしかしてと思ってたけど、前より神聖力が増えてる……?)
ふと、皇城から逃げ出す際に祝宴の妖精フィーが言っていたことを思い出す。
『ずいぶん長い時間が経ったからかな、人々の祈りや希望の欠片みたいなものが集まって大きな神聖力が蓄えられてたみたいだ』
それならこれはララだけの力ではない。
長い歳月をかけて、大勢の人々から受け取ったものだ。
ララはキュッと拳を握り締め、胸に当てると、感謝の気持ちを捧げる。
町は先ほどまでの大混乱が嘘のように、シーンと静まり返っていた。
「──大聖女さまだ……」
ふいに、誰かがぽつりとつぶやいた。
すると周りにいた人々からも、次々と同じような声があちこちあがる。
「大聖女さまだ──!」
「大聖女さまが助けてくださったんだ──!」
一斉に、割れんばかりの歓喜の声が辺りに響き渡る。
気づけば、人々は手を組み合わせて膝をつき、祈りを捧げるかのようにララのほうを向いている。
それは民だけでなく、必死に戦っていた聖騎士たちも同じだった。
そしてその場にいる誰もが、視界に映るララの姿に、ある人物の姿を重ねていた。
古くから伝わる伝承で、神殿に彫られたレリーフで、数々の物語の中で──。
この帝国民であれば幼い頃から見聞きしてきたであろう、大聖女が青白い光で凶悪な魔獣を消滅させる、あの神々しい姿を──。