魔獣暴走と大聖女の再来 1
入り組んだ通りのひとつに入ったところで、アーヴィンは彼女を見失ってしまう。
建物の脇には荷物の運搬でもしていたのか、大小さまざまな大きさの木箱が雑多に置かれている。
確かに、この通りに入っていったのを見たはずなのに──。
(どこだ──)
急いで辺りを見回すが、行き交う人々の姿があるだけで、どこにも見当たらない。
(この通りじゃなかったのか──)
ひどく焦りを滲ませながらも、アーヴィンはしばらくすると体の向きを変え、相手が逃げそうな方向に向かって再び走り出す。
いくつかの通りを抜けた先、到着したのは円形状の広場だった。
少し前に、彼女を追って通り抜けた場所だ。
中央にある小さな噴水を基点にして、いくつかの通りが放射線状に伸びているため、かなり見通しがよい。
さすがにここにはいないか──。
そう思ったとき、突如として辺りに大きな悲鳴が響き渡った。
悲鳴が聞こえたほうに急いで目を向けると、飛び込んできたのは目を疑う光景だった。
──魔獣。
そこにいたのは鋭い牙と大きな鉤爪を持つ、大きな黒い魔獣だった。
それも一頭だけでない。
数え切れないほどの、虎や狼、雄牛に似たさまざまな姿の魔獣が押し寄せてきていた。
アーヴィンの知る限り、そもそもこの時代に魔獣が現れること自体滅多にないはずだった。
それなのに、魔獣の大群が堰を切ったように雪崩れ込んできている。
「くそっ、こんなときに──!」
「──アーヴィンさま! ご無事ですか!」
突然走り出したアーヴィンをずっと追いかけていたらしい、自身の側近で見習い聖騎士のテオが、息を切らしながら彼に駆け寄ってくる。
魔獣は咆哮をあげながら、建物をなぎ倒し、逃げ惑う人々に襲いかかろうとしている。
「すぐに聖騎士たちを集めろ! 人命最優先、魔獣を討伐、被害を最小限に食い止めるんだ!」
アーヴィンはテオに向かって叫ぶと、すぐさま戦闘態勢に入り、素早く剣を抜く。
地面を蹴って一気に魔獣に近づくと、神聖力をまとわせた剣を目にも留まらぬ速さで振り下ろす。
すると、魔獣の巨体がたちまち霧のように消滅し、地面には魔獣の核を成す小さな無色透明の魔核石がコロンと転がる。
魔獣は総じて闇を纏ったような真っ黒な姿をしているが、消滅後に残される魔核石はなぜか、対照的なほど何の色にも染まっていない無色透明だった。
アーヴィンが気を抜く間もなく、今度は雄牛のような角を持った魔獣がこちらに向かって、一直線に突進してくる。
アーヴィンは空中で一回転して、ひらりとその攻撃をかわす。
と同時に、垂直に立てた剣を魔獣の体に突き刺す。
その後も次から次に、さまざまな魔獣が襲いかかってくる。
民の憩いの場であるはずの広場は、見るも無惨に破壊され、逃げ惑う人々があちこちで悲鳴をあげている。
間もなく、アーヴィンとともにこの町に入っていた聖騎士たちが駆けつける。
聖騎士と言えど、魔獣の出現が少ないこの時代において、アーヴィンのようにひとりで多くの魔獣に応戦できる人間はほとんどいない。
唯一、その能力があるのは、テオくらいだろう。
集まった聖騎士たちは共闘しながら、なんとか襲いくる魔獣たちを倒していく。
しかしながら、先ほどからすでにかなりの数の魔獣を消滅させているはずなのに、その数と勢いは衰えることを知らず、まるで荒れ狂う嵐のようだった。
アーヴィンの脳裏に、ある言葉が浮かぶ。
「まさか、魔獣暴走──?」
一気にアーヴィンの顔の険しさが増す。