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城郭の街 1

「ララさん、これもお願いね!」

「あ、はーい!」

「お嬢ちゃん、麦芽酒(エール)追加で!」

「おおい! こっちはホットワインとミートパイをくれ!」

「はい、ただいまー!」


 ララは飲み物や料理を手に、忙しげに店内を行ったり来たりする。


 ここは街の中にある、小さな食堂だ。


 あの日、皇城から城外へと無事に逃げられたララは、そのまま帝都も抜け出した。


 帝都の端で、すぐに出発するという北方面行きの乗り合いの簡素な幌馬車を見つけたので乗り込み、馬車に揺られるまま可能な限り、帝都から遠ざかった。


 馬車に揺られること一週間以上。


 途中何度か乗り換え、時には親切な商人や農夫の荷馬車に乗せてもらうなどして、気づけばあと数日で国境というところまでたどり着いたのは、三日前のこと──。



 そこは、近隣諸国からの人や物が行き交う要所になっている、城郭に囲まれた大きな街だった。


 街に到着したときには、ここまで来れば大丈夫ではないだろうかと、ほっと息をついたのも記憶に新しい。


 じつはララが城外へと抜け出したあと、帝都の街中でざわつく人々の会話から、皇城の城門が急遽封鎖されたと耳にしたのだ。


 あのときは本当にゾッとした。


 城門が封鎖されることは滅多になく、多くの人々は何が起こったのかと困惑し、戸惑っていた。


 まさか自分が聖杯と呼ばれている酒杯を拝借したことが原因ではないだろうと思いつつも、ひとまず帝都からは遠ざかったほうが安全だと判断し、ここまで進めるだけ進んできた。


 とはいえ、ただのしがない使用人でしかないララだ、手持ちには限りがある。


 そのお金も尽きようとしていたとき、この食堂を夫婦で営んでいる女将が足をくじいた際に、偶然居合わせた。見て見ぬふりもできないので、少しだけ医療の知識があると言って怪しまれない程度に治療したところ、とても感謝された。


 話の流れでララの事情を知った女将は、店を手伝ってくれるなら、この食堂兼住居の屋根裏部屋に寝泊まりしていいよ、と言ってくれたのだ。


 仕事をもらえるだけでなく住むところまで貸してもらえるとは、本当にありがたい。体を動かすのは嫌いではないし、給事の仕事も合っている気がする。


 頭には大きめの頭巾を被せ、後ろに結った三つ編みはその頭巾の中にしまうことにした。多少前髪などは出ているが、今のところこの薄水色の髪を怪しまれてはいないようだ。


 宿屋の夫婦にはダナという幼い娘がひとりいるのだが、可愛いダナと遊ぶのもララの楽しみだった。


 ついこの間、ダナのお気に入りである猫のぬいぐるみ、そのぬいぐるみ用の洋服を縫ってあげたのだが、ダナは飛び上がるほど喜んでくれた。また近いうちに、布の切れ端が手に入ったら作ってあげよう、とララは考えている。


 さすがに国境に近い場所とあって、ここまでは追って来て捕まえたりはしないだろう。


(このままこの街に住むのもいいかも……)


 そう思っていたのだが──。





  * * *





「え? あの娘かい?」


 その日の昼、たまたまララは食堂の客席のほうではなく、カウンター席を挟んだ先にある厨房の中、屈んだ状態でジャガイモの皮を剥く手伝いをしていた。


 客席のほうから聞こえてきたのは、女将のハキハキした声。どうやら客のひとりと会話しているようだ。


「うちの親戚の子ですよ。少しの間手伝いに来てもらってて。気立てもいいんで助かってますよ」


 どうやらララのことを訊かれているらしい。ララの手が自然と止まる。


 女将は明るく笑いながら、

「お客さん、若い娘だからってあんまりちょっかいかけないでやってくださいね。あの娘目当てで来てくれるお客さんも多いんでね!」


「ははは、ちょっと気になっただけですよ。あ、これ、お勘定」


 ララのことを尋ねたのは、男性のようだ。声の感じからさほど年はとっていないようにも思える。姿は見えないが、口調からは愛想のよい印象も受けるが──。


「はい、ちょうどですね。ありがとうございます!」


 その客が食堂から出て行ったあとしばらくしてから、ララは立ち上がり、カウンターから顔を覗かせる。やはり少し気になった。


「あの、女将さん、今の人……」


「ああ、若い娘だから気になるのさ。ララさんがいないときに、若い男衆からあの子は誰だって訊かれることもあるよ。でもあんまりペラペラしゃべるのもね、ララさんも何か言われたら、あたしの親戚だってことにしといてくれたらいいよ」


 ララが不安げに尋ねれば、女将は安心させるようにそう言ってくれた。


 自分の知らないところでそんなことがあったとは。


 でもあまり探られたくないララは不安を覚える。


 本当に、ただ若い娘だから気になっただけなのか……。


 しばらくの間、ララは不安な日々を過ごすも、あれ以来ララのことを尋ねるような人はおらず、何事もなく過ぎていった。


(気にしすぎだったのかも……)


 ララはほっと胸を撫で下ろした。



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