表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/29

過去のメア

25 過去のメア



 着用する衣服は青みがかった灰色の病衣。

 破れたりはしていないが、埃などでかなり汚れている。

 赤紫色の髪に羊のような角が二本。

 スレンダーな体格と低い身長。

 どう見てもメアである。


 過去のメアだという話だったが、僕達の近くに居るメアと比べても身長や体格などの外見はほとんど変わらない。

 表情が暗く、重たい雰囲気をまとっている以外は、全て同じである。


 過去メアを観察していると、視線に気付いたのか、彼女がこちらへ視線を向けた。

 彼女はこちらを一瞥すると、興味無さそうに視線を目の前の床へと落とした。

 「あれ大丈夫なんですか?」

 「めっちゃ暗いなー、明人くんなんかおもろい事やって笑かしてみてや」

 「いきなりのキラーパスやめてよ………」

 「まぁ、この後何やかんやあって立ち直るから放っておいても大丈夫だぞ」

 「それで、どうやってこの夢の中から目覚めさせますか?」


 マリアの問いかけに対して、メアは「ふむ………」と少し真面目な顔になった。

 「とりあえず説得してみるぞ。マリたんはイエスバット話法って知ってるか?」

 「いえ………」

 たしか、イエスバット話法というのは、対話する相手が、こちらの引き出したい意見と違う事を言った時の話し方だ。

 一度イエスと言って相手の意見を受け入れて相手との信頼関係を高めた上で、たくみにその意見が間違いであるという情報を与えることで相手からバット………つまり最初の意見とは異なる意見を引き出す方法だったか。

 相手の意見を否定する話し方に比べて説得力が高いとかなんとか、そんな利点があったように思う。

 「そうか、マリたんはまだ見た目ほど歳をとって無いんだったな。イエスバット話法というのは、相手がイエスと言うまでバットで殴り続けるという心理テクニックだぞ!」

 「心理関係()ぇ!!」


 「冗談はさておき………」

 冗談だったのか………

 「たぶんこっちが何やっても抵抗しないと思うぞ、この時期のアタシは何というか無気力な感じだったし。さすがに殴りかかったら抵抗されるかも知れんが」

 自分に対しては辛辣なメアである。

 しかしながらその言い分はもっともだ。

 あそこに居るのはかつてのメアであり、更にいうと夢の中の一部でしかない。

 過去の経緯がどうあれ、あそこに居るメアを目覚めさせるのが良いだろう。

 僕達はメアを先頭に過去メアの前まで歩を進めた。

 メアの言う通り、過去メアは、僕達が近付いてもこちらへ少し視線を向けただけで、特に何かをする様子は無い。


 「んじゃま、とっととやっちまおうぜ」

 メアはそう言ってマリアを促した。

 マリアは杖を振り上げると、例の呪文………というか杖の名前を叫んだ。

 「スターーートゥインクルーーーアストラルーーーイートイル!!」

 無気力に俯いていた過去メアも、流石に目の前で大きな声を出されれば顔を上げる。

 そして上を見上げた彼女の目に飛び込んできたのは振り上げられた杖。

 おそらく自分への攻撃と勘違いしたのだろう、彼女は小さな声を上げて、両手で頭を守るような姿勢をとった。

 次の瞬間、過去メアが吹っ飛ばされた。

 僕は目に焼き付いた瞬間を遅れて理解する。

 メアが過去メアにドロップキックを極めたのだ。


 「なっ………!!」

 状況が分からない。

 メアはなぜ突然あんな事を?

 吹っ飛ばされた過去メアはしゃがんで頭を抱えたような姿勢だ。

 かなり怯えているようだ。

 しかし、僕は彼女のその姿に違和感を覚える。

 成長している。

 夢の外、つまり現実世界で倒れているメア程の大きさでは無いものの、中学生か高校生ぐらいの外見年齢に見える。


 ガタッ。

 僕が過去メアを見ているとその手前側で音がした。

 マリアが膝をついた音だ。

 目立った外傷は無いものの、かなり疲れているように見える。


 なるほど、合点がいった。

 状況から察するに、マリアが振り上げた杖を攻撃動作だと勘違いした過去メアが、マリアに対してエナジードレインを行うのをメアがドロップキックで阻止したのだろう。


 「この頃のアタシは何もかもどうでもよくなってたから何もして来ないと思ったけど、案外記憶なんて曖昧なもんだな!」

 「どうするの?すごく怯えさせちゃってるけど」

 「正直あれを見てると若干イラっとくるけど、ここは穏便に説得してみるぞ」


 そういってメアは過去メアへと近付いていく。

 「来ないで………」

 過去メアがそう言った直後、彼女の周囲にテニスボール大の赤く煌めく揺らぎがいくつも生成された。

 そこから迸るのは赤い光線。

 無数に放たれた光線は、壁や天井、床を破壊した。

 そのうちの一条がメアに直撃したが、その攻撃は容易にエナジードレインされる。

 壁や天井を穿つレベルの攻撃でもメアにとっては大したエネルギー量ではないのか、体格の変化はほぼ無い。


 「あーアタシは敵じゃないぞー」

 攻撃など無かったかのようにゆっくりと過去メアへと近付いていくメア。

 焦る過去メアは右手を水平に上げた。

 すると腕の延長線の空間が陽炎のように揺らぎ、そこに刃渡り五メートルはあろうかという長い剣が出現した。

 (つば)もなければ柄も剥き出し。

 紅く煌めくその剣をメアの方へ向けた。


 これはまずいのではないか?

 人や魔物からの吸精、ビームなどのエネルギー的な攻撃の吸収はできても、さすがに剣という、物理的な物を吸収することはできまい。


 どうしようか。

 僕が考えあぐねている間に、過去メアはメアに向かって水平に剣を振り抜いた。

 それによりメアの身体は上半身下半身真っ二つになるかと思われた。

 しかしながら真っ二つになったのは剣の方であった。

 メアの身体に当たった部分の刃は消え去り、残ったのは過去メアが持つ欠けた剣と、剣速そのままで壁に刺さった切っ先だ。


 過去メアはその事に一瞬躊躇したが、すぐに戦略を方針転換する。

 残った剣の手元部分をメアへと投げつけ、メアがそれに気を取られている間に千代の後ろへと回り込み、紅いガラスのような結晶の切っ先を千代の喉元へと突き付けた。

 「動か………ないで………」

 千代が人質に取られた。


 身体に悪寒が走った。

 それは千代が危害を加えられる事に対するものではなく、もっと原始的なものだ。

 目前に迫った死の恐怖。

 殺気というものが科学的にどういったものを指すのか、その原理が何なのか、僕は知らない。

 しかし今僕が感じているものは殺気と呼ぶものに違いないだろう。

 具体的に何が恐いのかがわからないまま、恐怖の感情だけが湧き上がってくる。

 その殺気の大元がメアである。


 周りで見ているだけの僕でもこれだけの恐怖を感じるのだ。

 その殺気の矛先になったとすれば正気を保てないかも知れない。

 過去メアはというと、かろうじて立っているものの、足はガクガクと震え、目には涙が浮かび、彼女の腹より下方、薄い灰色の病衣の一部が濡れている。


 過去メアは人質にとっていた千代を手放し、逃げようとする。

 その彼女にメアは走りより膝蹴りを加えた。

 吹き飛ばされる過去メア、間髪いれずに追撃しようとするメア。

 無関係な千代を巻き込んだのは良くなかったが、一方的にやられる様子を見ているとさすがに可哀想に思えてくる。

 しかし、次に殴られたのは過去メアでは無くメアの方だった。

 床に転がる過去メアはそのままバク転後、着地し、追撃の拳を左手で逸らしつつ、もう片方の手でメアの顔面にカウンターを極めたのである。


 その後、何発か殴り合い、両者は一定の距離をとり膠着状態に入った。

 その状態で、メアは相手から目を逸らさずに千代に問いかける。

 「千代っち、今ビーム撃てるか?」

 「撃てるけど、吸収されてまうんちゃん?」

 「撃つのはアタシに向けてだぞ。過去のアタシになら楽勝できるかと思ったけど、念の為、万全を期したい………」

 どうやら千代の目玉ビームをエネルギー(げん)として利用するつもりのようだ。

 「撃てる事は撃てるけど、メアちゃん大丈夫やんな?」

 「アタシを信じろ!!」

 千代は少し戸惑いを見せたが、そうもしていられない状況だ。

 過去メアが少しずつメアへと近付いてきているからだ。


 「いくで!」

 そう言った千代がメアへとビームを放つと同時、過去メアが目にもとまらぬ速度でビームの射線上に割り込んだ。

 歩みが遅かったのはこれを狙っていたのか。

 ビームを受けた過去メアは見た目二十歳前後の高身長女性へと変貌を遂げていた。

 「まずいぞ………千代っち、もう一発撃てるか?」

 「今撃ったばっかりやからちょっと待たなあかんわ」


 二人の会話にはまるで興味なさげに過去メアが右手を僕らのいる方へと翳した。

 彼女の後ろの空間に揺らぎが生じる。

 サッカーゴールほどの広さの空間が陽炎のように揺らいだかと思ったら、次の瞬間、そこから大量の紅く鋭いクリスタルが射出された。

 全方位に射出されたそれらの一部が僕の方にも飛んできた。

 高速で飛来する紅い結晶を避けきれず僕の腹に風穴が空いた。

 すぐに身代わりの術が発動し、僕は少し離れた場所で無傷の状態になって復活する。


 辺りを見渡すと床には無数のクリスタルが突き刺さり、壁や屋根の一部はこの攻撃により吹き飛んでいた。

 いつの間に夜になったのか、あるいは元々そうであったのかはわからないが、吹き飛んだ天井の隙間から月光が射し込んだ。

 僕以外の皆がどうなったかというと、まずメアに関してはその攻撃は効かない。

 直撃したクリスタルはおそらく吸収されているだろう。

 千代は丁度メアの後ろに居たため、無事であった。

 マリアは足から出血しているようだ。

 「千代っち!マリたんを連れて隠れてろ!」


 メアの指示に従い、千代は負傷したマリアを片手でひょいと持ち上げそのまま走って瓦礫の後ろに隠れた。

 同じく僕も隠れる他ない。

 ありとあらゆる攻撃が吸収されてしまう以上、考えなしの加勢は無意味だ。


 メアと過去メアの戦闘音が響く。

 互いに魔術による攻撃が吸収されるのが分かっているため、完全な肉弾戦である。

 普通に考えれば千代の攻撃を吸収し、大人の姿になった過去メアが圧倒的に有利だ。

 しかしながら、体捌きによって相手を翻弄しているのはメアの方だった。

 構えも何もなく殴りかかる過去メアの拳をメアは受け流しながらがら空きとなった腹に蹴りを放つ。

 過去メアは痛がる様子もなく、今度は蹴りを放った。

 メアは少し後方に下がり、過去メアが蹴り出した足をつかみ、バックドロップのようにして自身の後方の地面へと相手を叩きつけた。


 意外と余裕そう………なのか?

 そうではなかった。

 技を極めた直後で隙が生まれたメアの足を過去メアがつかんだ。

 メアは抵抗する間もなく、過去メアに投げ飛ばされ、僕達が隠れている瓦礫へと激突した。

 激突した………と思う。

 そのまま重力に従いメアは地面へと落下し、床に激突した。

 そのように見えるのだが、何か強烈な違和感がある。

 「メアちゃん大丈夫!?」

 メアの元へ走り寄ろうとする千代。

 それを手で制しながらメアは言う。


 「問題………ないぞ、アタシのエナジードレインは魔力だけじゃない。運動エネルギーも吸収できるから見た目ほどダメージはないぞ」

 そうか、瓦礫にぶつかった時も地面に落ちた時も、恐ろしく速い速度で激突したように見えたのに全く音も衝撃も無かった。

 違和感の正体はこれか。


 過去メアの方が成長しているだけ力は強いが、物理的な攻撃をも無効にできるのであればお互いに互角。

 正確に言うと戦いにならないのではないだろうか。

 ただ身体の方と違い衣服はダメージを吸収できないようで、メアの着ている純白のドレスも、過去メアの着ている病衣もあちらこちらが破けている。

 破けた病衣を煩わしく思ったのか、過去メアはそれを脱ぎ捨てた。

 そう見えたが、次の瞬間には別の衣服になっていた。


 黒を基調としてアクセントに金色があしらわれた服装。

 胸を隠すのはラバー製のビキニのような薄い布で、それとスカートとの間にある腹は露出している。

 一言でいうと、いかにもサキュバスといった感じの服装だ。


 僕が服装を観察している間も両者は戦闘を継続している。

 しかし、先程までの息つく暇もない戦い方では無く互いに牽制し合うような戦い方だ。

 その様子を見ながらどうしようかと考えている僕にマリアからの声が掛かった。

 「明人さん、それ何ですか?」

 彼女の目線の先を追うと僕の手、その指先が光っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ