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第二層

24 第二層



 暗い。

 一層目で久々の青空を拝めたというのに、ここに来てまたもや暗い場所だ。

 今僕達が立っている場所は体育館ぐらいの大きさがある部屋のすみだ。

 ここは舞踏室(ボールルーム)だろうか。

 部屋中央部の高い天井からシャンデリアが吊り下がっている。

 床は一面タイル貼りで、部屋全体としての形は長方形である。

 部屋中央の開けた空間の外周には白を基調とし、金で装飾された柱が並んでいる。

 それらの柱より外側は天井が低くなっている。

 今僕達が居るのがその天井が低くなった外周部分だ。

 豪華絢爛な部屋のようだが、残念なことに、床には埃が積もり、灯りもカーテンの隙間から射し込む光芒が見えるのみ。

 栄枯盛衰を感じさせる廃墟のような場所だ。


 「あーここか………」

 どうやらメアはこの場所を知っているようだ。

 それも当然か。

 ここはメアの夢の中。

 第二層は過去が反映された層。

 つまりは過去にこの場所にメアが居たということだろう。


 「どこなん?ここ」

 「ここはイタリアにある昔の………アタシが住んでた家だぞ」

 「ええ!?メアちゃんってイタリア人やったん!?イタリア語喋れるん?」

 「え………ああ、メンソーレ」

 「おおおおお!イタリア人や!!明人君、ここにイタリア人がおるで!!」

 「めんそーれは沖縄でしょ」

 「千代っち、期待させて申し訳ないがアタシは日本語しか話せん。っていうか前にこの話した時と全く同じ反応なんだが………」

 「そう言われれば昔こんなやり取りした記憶あるわ」


 千代の言葉を最後にしばしの沈黙が訪れる。

 千代にあきれているのかとも思ったが、そうではないらしい。

 メアが何か話したそうにしているが、言葉に出せずにいるように見える。

 マリアが口を開きかけて、そのまま閉じる。

 何とも言えない空気感となったが、一分も経たない間にメアは意を決したらしく、再び口を開いた。

 「ここでアタシの過去を話して、幻滅したのなら………その時はアタシを残してこの場所から出ていってくれても構わない」

 メアを残して夢の世界から出ると言う事は、このまま本人は目覚めないという事だ。

 「そんなんあかんわ!メアちゃんが残るんやったらウチも残るわ!」

 「落ち着いて。要は僕がメアの話を聞いても心変わりしなければいいだけの話でしょ」

 そう言って僕が千代をなだめると、メアが話を始めた。


 メアが生まれたのは今から二十年前。

 魔物の生まれ方は様々あるが、その多くが以下の二パターンだ。

 思念や魔力などが集まって自然発生する場合。

 人や動植物と同じように親が子を産む場合。

 メアの場合は後者の生まれ方だ。

 母はサキュバス。

 父は居ない。

 父が居ないというと少し誤解を生むかも知れない。

 正確に言えば、メアの母親がこれまでに人間から吸精した生命エネルギーを胎内で自身の魂と融合して出来たのがメアである。

 これは特別な産まれ方というわけではなく、サキュバスとしては一般的な産まれ方だそうだ。


 メアの母親はこの屋敷でメアを産んだ。

 魔物であるが故に人間の医療機関を利用出来ないというのもあるのだが、そもそもの話、サキュバスは人ほど出産が大変ではないという話だ。

 母親も多分に漏れず、子供と胎盤が胎内から出た後は十分と経たずに全快である。

 人間からすると羨ましがられるような体質だが、相手は人間ではないため、そこまでは何らおかしな所はない。

 しかし、その後が通常とは違った。


 サキュバスだからといって産まれた直後から他の生物を吸精するわけではない。

 人と同じように乳児は母乳で育つのである。

 メアの母もまた、当然のように我が子に母乳を与えようとした。

 母乳にはタンパク質や炭水化物に加え、魔力と生命エネルギーが含まれ、子供はそれらを吸収する事で、急激に成長する。


 ただその時、メアが取り込んだのは母乳に含まれる成分だけではなかった。

 母乳だけでなく母体からも生命力を根こそぎ奪った結果、母親は抵抗する間もなく絶命した。


 本来、サキュバスの吸精は、相手を誘惑し、肉体と魂魄がもつプロテクトを解いた上で行うものだ。

 まして、相手が人間ではなく魔物の場合、先に述べたプロテクトに加え、魔力による防御も突破せねばならない。

 到底産まれたばかりの赤子が行える事では無いのだ。

 しかしながらメアはそれをやった。

 それも無自覚に。


 自分を抱きかかえてくれていた母が突然倒れ、恐慌状態となった赤子は、駆け寄った屋敷の使用人らの命をも奪った。

 命を取り留めた別の使用人らの通報により駆けつけた専門家達も、呆気なく息絶える事となった。

 結局、地元の専門家では手に負えなかったため、八重舘技研(やえだちぎけん)という企業によって管理される事となった。


 八重舘技研………

 僕はその企業名に聞き覚えがあり、思案しようとした。

 しかし、丁度ここでメアが話を区切りこちらに問いかけてきた。

 「で………どう………かな?」

 ひどく曖昧な問いかけ。

 いつになく自信無さげなメアだ。

 それも当然か。

 さすがに自分が犯した罪をさらけ出して平気でいられるほど図太い性格では無いのだろう。

 上目遣いで僕達三人を見つめるメア。


 そこで、これまで黙り込んでいたマリアが口を開いた。

 「あなた達を殺そうとしたボクには何も言う資格はありません。でも、一つだけ言わせて貰えるなら、メアさんはボクと違って明確な殺意は無かった。全然罪の重さは違いますよ………」

 僕の目には、その言葉がメアに向けたものというより、自分に向けたものである様に写った。

 そんな彼女を慰める為では無いのだろうがメアが言う。

 「でもマリアがアタシらを襲ったのはアウラを助ける為だったんだろ?何の理由もなく命を奪ったアタシの方が………」

 そこまで言ってメアは言葉を止めた。

 そしてこちらを向き、新たに話し始める。


 「アタシは今話した通り、親や同族を殺している。罪の意識はあるが死んで詫びるつもりは無いし、後悔しながら生きていくつもりも無い。こんな罪を犯したアタシがのうのうと生きているのはおかしいと思うのであればここから立ち去って貰っても構わない」

 

真剣な眼差しにマリアが答える。

 「先程も話した通りボクもあなた方を殺そうとしました。ボクから言う事は何も無いです」


 次にメアの視線が僕の方に向いた。

 「僕も特に………というか状況聞く限り普通に事故だよね。そんな事よりも………」

 僕は先程思案しかけてやめた、八重舘技研について話そうとして自分の失言に気付いた。

 「ごめん、“そんな事”とか言っちゃってメアが真剣に話してくれてたのに………」

 「いや、逆に安心したぞ。それで明人は今何を話そうとしたんだ?」

 「ああ、八重舘技研ってもしかして京都に本社があるモノ作りの会社?」

 「その通りだけどなんでアッキ………明人がその事を知ってるんだ?」

 「そろそろ口調を元に戻してくれた方が嬉しいかな。それはさておき、僕の父親が同じ名前の会社で働いてるんだよ」

 「………アッキーの父親っていうと、見た目が女の子の魔術師って話だっけか」

 「魔術師かどうかは分からない………いや、そんな組織に属してるんなら魔術師なんだろうね」

 まさかこんな所で繋がっているとは思わなかったけど。

 とはいえ、僕の父が何者であったにせよ、それによって今この状況がどう変わるわけでもない。

 気持ちを切り替え、ここですべき事をしよう。


 「じゃあ行こうか、この層のメアを起こしに」

 「おー!」

 千代だけが返事をしてくれた。

 「メアさん、ここのメアさんがどこに居るのか知ってますか?」

 「実はさっきから見えてるぞ」

 メアが指さした先、部屋中央の広い空間を囲む柱の後ろの暗がりに、膝を抱えて座り込んでいる少女が見えた。


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