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第一層

21 第一層



 〈………めよ………〉

 辺りは暗い。

 〈目覚めよ………〉

 真っ暗な空間に声が響き渡る。

 〈目覚めよ、勇者『ああああ』よ………〉

 「名前適当だな!」


 僕が突っ込みを入れながら勢いよく身体を起こすと、今までの暗闇がまるで嘘だったかのように視界が開けた。

 むしろ日の光が眩しすぎるくらいだ。

 「あっ、起きましたよ、千代さん!」

 「ほんまや、おはよう明人くん」

 上半身を起こした僕の傍らには金髪の少女、少し離れた位置で見知った一つ目の女の子がこちらを振り向き、その場で目覚めの挨拶をした。


 辺りを見回す。

 青い空と海、それに白い砂浜。

 見上げればビーチパラソルの裏地が見える。

 どう見ても海岸だ。

 僕とマリアはパラソルの下。

 千代は波打ち際で海に足だけ浸けていたが、僕が起きたのを見て、こちらに向かって歩いてきた。


 うん?

 「あれ?夢………?」

 「そうですよ、ここはメアさんの夢の中です」

 そうだった。

 僕達はスタートゥインクルアストラルイートイルの力でメアの夢の中へ来たのだった。


 しかし、それよりも気になる事が一つ。

 「千代………身体戻ったの?」

 「そうやな、こっちで目ぇ覚めたら戻ってたわ」

 「夢の中だからかな?」

 「でも、指とか足とか切れても一時間ぐらいしたら生えてくるし、そんだけ寝とったんかもしれん」

 「マジで?一時間で元通りとか凄すぎない!?」

 「そう言う明人君は怪我しても一瞬で元通りやんか」

 「元通りというか、身代わりなんだけど………」

 しかし言われてみれば実質的には千代の言うとおりかもしれない。


 「時間が経ったからだけじゃないかもです」

 そう言ったのはマリアである。

 夢の中に入るまで浮かべていた辛そうな表情とは打って変わって、憑き物が落ちた様な印象だ。

 「メアさんの夢の中に入った時点で、千代さんの身体はこの状態でした。それに、ボクも現実世界ではあちこち身体にガタがきてましたけど、夢の中に入ってから身体が軽いです」

 「確かにツリーウッズフォレストの森で見た時よりもかなり元気そうに見えるよ」

 僕がそう返すと、彼女はハッとした顔になり、その顔に翳りが射した」

 「ごめんなさい、ボクのせいでメアさんがこんな状態になってるのに………」

 「いや、元気な方が良いよ」

 「そうやで、『元気があれば何でもできる』ってことわざもあるしな」

 「それことわざじゃない」

 僕と千代とのやり取りを見たマリアに微笑みが戻ったので細かいことは気にしないでおこう。


 「それで、なんでメアの夢の中に砂浜が広がってるの?」

 「さっきも言った様にスタートゥインクルアストラルイートイルで安定化された夢の中は三層構造になってます。一番外殻は夢の主がいつも見ている景色や印象に残った事が混ざりあった場所です」

 「この砂浜、霊脈樹の外の海岸やな、スミユキガワの辺りやと思うわ」

 「川ないじゃん」

 「ちゃうやん、そう言う地名やん。ちなみにあれが霊脈樹であっちがウチらの居た森やで」

 千代が指を指して説明した。

 海側とは反対方向。

 高層ビルや高速道路、電線、鉄道などは一切ない。

 代わりにあるのは物置き小屋や田畑、用水路などで、あとは青い空の色が広がっているだけだ。

 しかしながら千代の指差す方に霊脈樹のような巨大な建物の影は無い。

 約束の地で壁の向こうに居たマリアをさも当然のように見ていた千代の事だ。

 障害物を透視していてもおかしくない。

 下手をすると彼女が指差す先は地平線の向こう側という事もあり得る。


 僕が遠くにある畑の(うね)を眺めていると、背後からマリアが声を掛けてきた。

 「ちょっといいですか?」

 「どうしたん?」

 「そろそろ、メアさんを目覚めさせにいきませんか?」

 「あっ、そうやな、忘れとったわ」

 「ここって三層構造の一番外殻っていう話だよね。どうやって二層目に行くのかわかる?」

 僕が問いかけると彼女は右手を前に出し、その手の中にある杖を掲げた。

 「これを使います!」

 この杖によってメアは眠らされ、そしてこの杖によってメアの夢の中へと入った。

 名前はスタートゥインクル………なんだっけ。

 夢を操るという点において、この空間内においては万能の便利アイテムなのかもしれない。


 マリアは杖を地面に立て、そして手を離した。

 至極当然ながら、杖は重力に従って倒れる。

 「あっちの方に目的地があります!」

 「適当!!」

 「誤解です。適当に決めたわけではなく、ちゃんとスタートゥインクルアストラルイートイルの機能として目的地の方角を指し示す機能があるんです!」

 「え、ああ………一応そういう機能付いてるんだ………」

 「でも、あっち海やん」

 千代の言うとおり、棒の倒れた方向、そのわずか五メートル先は波打ち際である。

 「ウチ泳ぐんあんまり得意ちゃうねんけど」

 「泳ぐにしても距離が分からないとどのくらい頑張れば()いのかわかりませんね」

 「なんとなくの距離なら分かるかも」

 僕がそう言うと二人がこちらを見つめてきたので続きを話す。


 流石に測点間の距離と目的地までの角度が正確に分からない事には距離は出せないし、関数電卓か無ければ三角関数の計算もできない(少なくとも僕はその計算方法を知らない)。

 しかしながら目的地の位置をなんとなく調べるだけならそこまで難しく考える必要はない。

 「あっちの海岸の端で一回棒倒しをして、反対側でもう一回棒倒しをする。棒の倒れた方向の延長線が交わる所が目的地だよ」

 二人は僕の提案を受け入れたが、結果的にその方法が実施されることは無かった。

 というのも、次の瞬間倒れた杖の方向が変わったからだ。

 風で転がったとか、はたまた地面が坂になっていただとか、そういった風には思わなかった。

 なぜなら、明らかにその杖が目的地の方向を指し示している様な動きをしているからだ。

 例えるならば方位磁針だ。

 杖の中央部分を中心に、その先端が不規則な回転運動をしながら目標物を指し示している。

 「なんや、あれ………」

 その杖が指し示す先を千代が見据えながら言った。

 「どこ?何かあるの?」

 千代が見る方向を見ても何も見えない。


 ちなみに僕の視力はとても良い。

 正確な測定方法では無いが、動画投稿サイトで自分のチャネルの企画で測定した時は、小数視力で四十以上という馬鹿げた数値をマークしたせいで、皆から嘘だのつまらないだの散々なコメントを貰った苦い記憶がある。

 そんな僕の視力でも見えないとなると、それはつまり………

 「海中か………」

 「ちゃうって!そんなお腹の中におるようなサイズとちゃうもん!」

 「その回虫じゃねーよ!」

 「あれ、多分サメやで!」

 「サメ!?」

 海だし、居てもおかしくはない………のか?


 「こっち来るわ!!」

 「千代、マリア、ちょっと海岸線から離れてよう」

 僕達三人は海岸線から十メートル程後ずさった。

 地面に横たわっていたスタートゥインクルアストラルイートイルは既にマリアが拾い上げているので、相手の方向を指し示している物はない。

 「千代、サメは今どの辺り?」

 千代が答えるより先に海面からサメが頭を出した。

 「何………あれ………」

 その姿を見た僕は思わず呟いた。


 サメだ。

 サメに違いは無いのだが、何というか………球体だ。

 転がるようにして海岸の浅瀬をこちらに向かってくるそれは、無数のサメの頭が放射状に塊って球形になっている。

 サメの顔はどれも同じ種類で、多分あれはホホジロザメだ。

 二階建ての住宅ほどの大きさはあろうかという歪な球体が僕達の方へと迫ってくる。

 「ちょっ………逃げたほうが良くないですか?」

 マリアが発した言葉の返答は行動で示された。

 僕と千代、マリア本人も一斉に丘の方へ向かって走り出した。

 全力で走っているので振り返る余裕など無いが、砂の上を転がる重機の如き音により、サメの位置が分かる。


 巨大であっても水生生物であるせいか、はたまた、頭しかないその形状故か、幸いなことにサメの速度は僕達の全力疾走よりは遅いようだ。

 振り返る余裕がないので音で判断するしかないが、サメのとの距離が開いてきたように感じる。

 このまま逃げ切れる様な気もする。

 問題は全力疾走というものはそんなに長く続けていられないという事だ。

 それは千代も同じようで足の痛みを訴えた。

 「あー足痛いー、足に乳酸菌溜まってきたわ!」

 「乳酸菌………ビフィズス菌みたいな奴ですか!?」

 「そんな感じのやつやわ多分!」

 結構余裕あるなこいつら。


 しかしながら、実際に体力の限界が近いのは確かなようで、僕達の走る速度は徐々に落ちていき、結果、一度引き離したサメの音が再び近付いてきた。

 どうやら体力では僕達よりもあちらの方が上らしい。

 このまま逃げていてもジリ貧だ。

 僕は(きびす)を返すと同時に手で火遁の印を結んだ。

 僕の口から吹き出した火炎放射が、高さ六メートル程ある球形のサメを包み込んだ。

 「凄い………」

 「おお!これがホットヨガか………」

 「違うよ」


 生ゴミを燃やしたような臭い。

 動きを止めるサメ。

 しかし、サメが動きを止めたのは一瞬、すぐにこちらへ向けて転がりだした。

 「逃げろ!」

 再び僕達とサメとの追いかけっこが始まった。

 どうする?

 火遁は駄目だった。

 水遁は………サメに水を掛けてどうする。

 土遁は自分が砂浜に埋まるだけだ。

 自分一人なら逃げられるかもしれないが、残り二人がやられてしまう。

 そもそも僕自身は逃げなくてもあの牙で噛まれた瞬間、変わり身の術が発動し、生き残る事が出来るだろう。

 いや、食べられたくはないけど。

 というか絶対に嫌だ、痛いに決まっている。


 僕の思考が堂々巡りになっていると、僕の右横から「あっ!」と千代の声がした。

 「どうしたの?」

 「凄い事に気付いた………」

 「凄い事?」

 僕が聞き返すと、千代はその問いには答えず、代わりにその身を(ひるがえ)しサメの方を向いた。

 サメとの距離は約五メートル。

 その距離は全力疾走で一秒もせずに埋まる距離だ。

 しかしながら彼女が次の行動に移るまでにそんな時間は掛からなかった。

 牙を剥き出しにし、それぞれの口を大きく開けて襲いかかろうとするサメの塊。

 次の瞬間、閃光がサメの身体を貫いた。

 千代の目から放射されるそれは、青白い光に所々マゼンダ色が見え隠れするレーザービームだ。

 千代の眼球から放たれたそれは、彼女のすぐ前方で直径ニメートル大にまで広がり、その後はひたすらに直線的な軌道で、サメ諸共にその遥か後方、青空に浮かぶ雲までもを貫いた。


 「えぇ………」

 何というか、驚愕を通り越して呆然としてしまった。

 「千代さん凄いです!」

 僕とは対照的に素直に感嘆するマリア。


 「やっぱり目の封印解けてるわ」

 「………そういえばそのビームが危ないから封印掛けてたんだっけ?」

 「そうそう、メアちゃんの夢の中に来たら体も元に戻ってるし、何かそういうやつがあるんかも知れへんなー」

 それにしてもあの威力、もはや兵器と言っても過言では無い。

 「サメを倒しましたけど特に何も起きませんね」

 「まだ生きてるとかかなー」

 千代の言葉にはっとしてサメの残骸を見る。

 もはや原型のない肉塊だ。

 グロテスクな見た目のそれが発する生臭い臭いが鼻をつく。

 近付いて確認する勇気はないが、あれはどう見ても死んでいるだろう。

 「もしかして目標が違ったとか?」

 「スタートゥインクルアストラルイートイルはあれを指してましたけど………念の為もう一回棒倒ししてみます!」

 マリアが杖を倒すと、案の定サメの残骸の方に倒れた………ように思われたが、杖が地面に倒れた次の瞬間に、それは回転し、ビタッと僕らの斜め右後ろを指し示した。

 恐る恐るそちらを見ると、巨大な怪物達がこちらを見ていた。


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