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第四十七話 決別

 空の上で、彩は伊織に問いかける。


「私の気持ち、ちゃんと伝わったかな」

「……もちろん。絶対に伝わったよ」


 今度こそ声を上げて泣き出した彩。

 伊織と猫は、決して彩を急かすことなく待った。


 本来つなぎは妖が溢れ出すことで時間切れとなる。

 伊織はこれ程長時間のつなぎを行ったことは無かったが、今回ばかりは勝手が違った。

 何時まで経っても、妖が現れる気配が無いのだ。

 自分の頭上を見上げても、空の切れ間の奥には何もない闇が続いているだけ。


「このまま帰れなくなるということはないのかのう」

「多分、それはない。帰る道の気配はずっと途絶えてないからな」

「ほう。主殿がそう言うなら安心じゃな」

「……俺だってこんなの初めてだから、確信はない」

「何じゃ、頼りない」


 そんな二人のやり取りに、彩の声が割り込んだ。


「……あそこ、忘れてた」


 思い描いたのは、全ての始まりとなった駅。

 三度、景色が歪んだ。


          


 ホームを歩き、あの日自分が座ったベンチに近づく。


「ここでスマホにメッセージ残したんだ。お父さんとお母さんと、香奈に……さよならって」


 伏し目がちにベンチを撫でる。

 そして線路に向き直ると、あの日と同じようにゆっくりと歩を進めた。



 その時、突如として彩の脳裏に蘇った最後の記憶。


「……!!」

「彩……?」

「思い……出した」

「え?」

「思い出した……」


 私は、あの時-。


           ***


 ホームの際に一歩ずつ近づいていく。

 次の一歩が踏みしめる床は無い、そこで止まった。

 電車の接近を知らせるアナウンスが流れていた。


 -ちゃんと死ねるだろうか。そんな勇気、自分にあるんだろうか-


 深呼吸をして次の一歩のタイミングを計った、その時。

 自分の背後、耳元に低く尋ねる声があった。


「この世は真にお前の望む世か」

「……!!」


 凍てつくように冷たい女性の声。

 背後から刀を携えた白い腕が伸び、彩の目の前で止まる。

 殺されると思って、すぐにその愚かしさに気付いた。

 死のうとしているのに殺されるのを恐れるなんて、矛盾している。

 むしろ有難いことじゃないか。


「この刀が斬りつなぐ先にお前が望む世があるとするならば、お前はどうする」

「私の、望む……世? そんな世界、ある訳ない」

「信じぬならばそれもよい」

「でも……もし、そんな世界が本当にあるなら……行ってみたい」

「対価はこの世。二度とこちらには戻れぬが、悔いることは無いか」

「後悔なんてする訳ないよ。ここから、消えようとしてるんだから」

「そうか……ならば行け」


 言うや否や、その手が刀で目前の空間を斬り開く。

 そして広がる裂け目に、背後から突き飛ばされた。


           ***


「どうして、忘れてたんだろう」


 呆然と、彩は呟く。


「私、あの時対価を払ってた。もう、ここには戻らないって」


 初めから答えは出ていた。

 あれ程悩み苦しみ、伊織を困らせたのに。

 自分があの時代に行ったのは、紛れもなくつなぎによるものだった。


「だが解せないことが多すぎる。なぜ、この時代につなぎ屋がいるのか。なぜ江戸の町に彩をつないだのか」


 彩の話を聞いた伊織は眉を寄せて考え込んだ。


「つなぎを伝えるとすれば、お主か幻様しかおらぬのではないか?」

「俺じゃないし、師匠もきっとしない」

「弟子は取らぬでも、我が子ならば見よう見まねで覚えるかもしれぬぞ」

「我が子? 誰の?」

「お主の子じゃろう。他に誰がいるか、馬鹿者」

「俺の子?」


 何気なく猫の言葉を繰り返した瞬間、伊織は我に返った。

 意識しないようにと思えば思うほど動揺し、彩の顔が見られない。


「なっ、なに言ってんだよ! 馬鹿なこと言うな。お前が馬鹿だろ!」

「むきになるなと言うに。毎度、見ているこちらが恥ずかしいわ」

「うるさいっ、黙ってろ! お、俺はなっ、真剣に考えてるんだよ」

「あの、伊織」

「なん、だっ……ど、どうした……彩?」


 口を挟んだ彩を反射的に見やり、伊織は大いに狼狽えた。

 だが、彩の必死な顔を見て真顔に戻る。


「伊織、どうしよう。もう戻れないはずだったのに、私、ここに来ることを対価にしちゃった。どうしてつなぎが出来たの? 嘘をついたら、裁かれるんじゃないの?」

「ああ……それは俺も思った。だが、きっと大丈夫だ」


 もし仮に、彩がここでのつなぎとその対価を覚えていたとしたならば。

 偽りの対価を差し出したとして、間違いなく時の神は彩を裁いたはずだ。

 だが、彩は確かに記憶を失っていた。

 その上で自分が出し得る最大限のもの、手放すのが何より惜しかったはずのこの世界を差し出した。

 ならばそこに裏切りや偽りは、何もない。

 時の神は非情だが、同時に何より道理を重んじる。

 だからこそ、道理を外れた伊織の父が許されることはこの先もきっと、無い。

 

「ただし、彩はもう記憶を取り戻した。同じことは二度と出来ない。……ここに来られるのは、きっとこれが最後だ」

「……うん」




 それからしばらくして、空から静かに街を見下ろしていた彩が言った。


「そろそろ、行こっか」

「もういいのか?」

「うん、大丈夫。……猫ちゃん?」


 猫は無言で頭上を見上げていたが、呼びかけられると少し驚いたようにこちらに視線を向けた。

 伊織と彩が見上げても、そこには先刻からと同じような闇が切れ間の向こうに広がるばかり。


「何かあったのか?」

「……いいや、何も見つからぬ。戻るのか、彩」

「うん。……二人とも、付き合ってくれて本当にありがとうね」

「ワシはなかなか面白かったぞ」

「俺も。彩が暮らした世界を見られて、彩の大切な人に会えて、良かったと思う」


 茜色に染まり始めた街並みをもう一度見下ろして、伊織は刀に手をかけた。

 だが、思い直したように手を放し、彩を見つめてその名を呼ぶ。


「彩」

「……?」

「この世界を手放したこと、俺は絶対に彩に後悔させない。だから、一緒に帰ろう」


 差し出された愛しい人の手。

 そこに己の手を伸ばすと、力強く引き寄せられた。


「うん。帰ろう……私たちの世界に」


 そして、彼らの姿は時の向こうに消えた。

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