表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/48

第四十五話 決意

 それから二日後。


 道場から出てきた清之助は、伊織と彩の姿を見つけて驚きの表情を浮かべた。


「彩殿、どうしました? 伊織が何か悪さでもしましたか?」

「お前と一緒にするな」


 困ったように笑う彩と、苦虫を噛み潰したような伊織を見比べる。


「冗談だよ、いちいちつっかかるな。……答えが出たんですね、彩殿」

「はい。私……ここで生きて行くことに決めました」

「本当に? よかったです、と言っていいのか分かりませんが、正直私はとても嬉しいです」

「ありがとうございます。あの、でも、これは清之助さんにお返ししなきゃいけないと思って」

「……?」

「私、清之助さんに背中を押してもらったのに、応えられなくて……ごめんなさい」


 彩が両手で包み込んでいたもの。

 それは以前、清之助が彩に贈った簪であった。

 それを見た清之助は神妙な顔で腕組みをした後、彩の両手を自分の手で包み込んだ。


「え?」

「おい、清」

「うるさい、伊織。お前、俺に殴られないだけいいと思えよ」

「……」

「彩さん、これはもうあなたのものです。あなたがどういう決断をしても、返していただく必要はありません。……まあ、私からお二人への祝いの品だとでも思ってくだされば結構」


 そして清之助は、目を細めて笑って続ける。


「とりあえず今のところは伊織の勝ちにしておきますけどね。私もすっかり諦めた訳では無いですから。伊織が嫌になったらいつでも言ってください」

「清之助さん」

「それはない……はずだ、多分」


 この期に及んで煮え切らない伊織の返事に、清之助は仰々しく溜息をついてその肩に腕を回した。


「お前は救いようのない馬鹿だな。俺は、お前だから彩殿のことを任せるんだよ。そのくらい分かれ。彩殿を幸せにすると俺に誓え」

「……約束する」



 幻の元に行くという二人を見送り、清之助は一人苦笑した。

 予想通りの彩の答えに心が痛むかと思いきや、意外にも笑えている自分に呆れさえする。

 結局自分は彩に惹かれていると同時に、伊織も大事なのだろう。

 悔しいけれど、何故だか悪い気はしない。


「さて。俺も新しい出会いを見つけに行くとするか」


          ***


 幻の家では猫と宝が味噌汁作りに励んでいた。

 入って来た伊織達に気付き、宝が手を振る。


「こら、余所見をするでない」

「してないよ、ちゃんと見てる」

「そういうことをしてると、彩のように失敗するぞ」

「ちょっ……、猫ちゃん!」

「お姉ちゃん、味噌汁作れないの?」

「そ、そんなことないよ。大分上手くなったもん。ね、伊織?」

「え? お、おう。もちろん。」


 彩の勢いに、思わず伊織まで慌ててしまう。

 そんな伊織に猫がさらに詰め寄る。


「で、何の用じゃ。とうとう男になったか、伊織」

「……!! なっ、何言ってんだよ、猫!! ち、違うから。な、違うよな、彩?」

「…………」

「彩に何を聞いておるのだ、お主は。相変わらず馬鹿じゃのう」

「あ……す、すまん。気が動転して……ていうか、お前が悪いんだろうが!」

「うるさいのう」

「黙れ黙れ。今日は俺は真面目に報告に来たんだよ。……師匠は、あれからどうだ」


 少し声を潜めた伊織に問われた猫は、はっとして僅かに目を伏せた。

 そして少し口ごもるように答える。


「幻様は、のう……自分の目で確かめた方が良いのではないか」


 伊織と彩は顔を見合わせ、そして二階への階段へと急いだ。


「師匠、俺です。開けますよ」


 返事が無い。

 伊織が襖に手をかけたと同時に、彩は後ろにいた猫に袖を引かれた。


 そして-。


 勢いよく開けた襖の向こうから、鞠が連続で三つ飛んできて、伊織の顔を直撃した。


「痛っ……!!」


 蹲る伊織に、彩が恐る恐る近づく。


「だ、大丈夫?」

「……猫も師匠もっ! ……いいかげん俺で遊ぶな!!」


 いつも通りの幻の笑い声が、中から聞こえた。




「緊張しているかと思って、場を和ませたつもりだったんだ。そう怒るな」

「あんたは馬鹿か」

「幻様に何という口の聞き方じゃ」

「お前も馬鹿だろうが」

「ちょっと、伊織。猫ちゃんも」


 伊織と猫を宥める彩。

 その横では今日も宝が笑っている。

 そんな彼らの様子を見ながら幻も笑った。

 やはり皆が揃うと嬉しいものだと思う。

 それでも足りぬ、と感じる心が不思議ではあるが。


「……それで? 気持ちが定まったからここに来たのだろう? 出した答えを聞かせてもらおうか」


 赤い鼻をさすりながら不貞腐れていた伊織は、その言葉に動きを止めた。

 彩の方を見て、居住まいを正す。

 ひとつ大きく深呼吸をして、そして。


「彩は帰しません」

「……ほう」

「彩をこちらに引き留めた責任は、俺が全て負います。……それからもうひとつ。俺はつなぎ屋を辞めません。その責任も、全て自分で背負います」

「…………」


 期待と失望が入り混じる幻の視線を、まっすぐに受け止める。


「長らくご心配をおかけして申し訳ありません。何も知らずにただ甘えて過ごしてきた俺を、これまで見捨てずに育ててくれたこと、心から感謝いたします」

「その答えを見つけたのはお前自身。私は何もしておらぬ。どころか私の思惑が全く外れた訳だが、それこそお前の成長の証だろう。……これもまた、親冥利に尽きるというものだな。一応聞くが、彩にも異論は無いか」

「はい。私はここで、伊織を支えて生きて行きます」


 はっきりと答える彩にも、幻は目を細めて笑った。


「お前も随分といい顔になったな。……もしや」

「ちょっと、師匠! その件はもういいから。猫もそんな目で見るな! やめろっ、何も言うな!!」


 幻の家に幸せな笑い声が溢れる。

 苦楽もどこかでこの光景を知り得ていたらいい。

 二人に抗議しながら、伊織はそんなことを思った。


          ***


 ひとしきり笑った後、伊織が更に告げた言葉。

 それを聞いて、幻は小首を傾げる。


「それでも未来へつなぐ、というのか?」

「はい。彩は帰しませんが、未来の世界への決別は必要だ。俺はそう思います」

「言ったはずだが、親父は未来へのつなぎで片耳を失った。何が起こるか全く分からんぞ」

「承知してます。それでも俺は彩に、彩の大事な人達への思いを伝えてほしい。それに……これは俺がつなぎ屋としてこれからも生きて行くために、絶対に必要なつなぎなんです」


 幻はしばし無言で考え込み、ゆっくりと口を開いた。


「対価は?」

「未来への帰り道。……二度とあちらへのつなぎはできなくなりますが」

「もしもそれで彩がやはり帰りたいと思ったらどうするつもりだ」


「帰しません」

「帰りません」


 ぴたりと重なる伊織と彩の声に、幻は再び堪り兼ねたように苦笑した。


「わかったわかった。…失敗は許さぬ。必ず無事にこちらへ戻れ」

「「はい」」


 二人の返事を聞き、幻は傍らに控える猫に視線を移した。


「ということだ。お前の力を借りられるか」

「え? あ、いや猫は、何かあっては困るので」

「何かあるからワシの力がいるのであろうが。何度も言わせるな、主殿」

「……ありがとう、猫」


           ***


 予定通りに幻の家からやって来た猫を迎え、羽織袴姿の伊織は刀を手にした。

 一方の彩は制服姿で、その手にはスマホが握られている。

 猫がしげしげと彩を眺めた。


「お主がこちらに来た時以来じゃが、やはり変わった服じゃのう」

「伊織が向こうにつないでくれたら、多分たくさん見られるよ」

「楽しみじゃな。……で、その“すまほ”が憑代ということじゃろうが、よいのか?」

「うん。もう、見なくても大丈夫だから」


 この中に到底収まりきれない沢山の思いは、今の自分の中に確かにある。

 むしろその思いによって、今の自分は作られているとさえ思う。

 だからスマホは消えてしまっても大丈夫。


 そう話す彩を、伊織は微かに笑って見つめた。

 そして、ゆっくりと刀を抜く。


「準備はいいか、彩、猫」

「もちろん」

「では、行こう。…未来へ」



 慎重につなぎの道を探っていた伊織が、見つけた、と小さく呟いて刀を振る。


 と次の瞬間、斬り開かれた時のつなぎ目から、光と風が一気に弾けた-。


「っ……!!」


 気を抜けば吹き飛ばされそうな暴風に、彩は手探りで隣に立つ猫と身を寄せ合った。

 目が眩んで辺りもよく見えない。


「すごいな、これ……」


 伊織の声も、激しい風の音で良く聞こえない。


「妖の気配も感じぬな」

「そりゃ、そうだろ。……これじゃ……うわっ!」


 短く伊織が叫んだと同時に、今度は光と風が一瞬で消えた。

お立ち寄りありがとうございます。どんなことでも構いませんので感想を頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ