第四話 理由
伊織は、猫に金を持たせ呉服屋に行かせることにした。
彩の今の恰好では目立ちすぎ、うかつに外に出ることも出来ないからだ。
ちょうど折よく先程の稼ぎが手持ちにあり、助かった。
猫には、出来るだけ離れた通りの呉服屋に行くように頼んだ。
この近くでは、どこで誰に見られ、あらぬ噂を立てられるか分からない。
猫の帰りを待つ間、伊織は夕餉の支度をしていた。
彩から手伝いの申し出はあったが、まずはゆっくり休めと断った。
「でもこれ、猫ちゃんのお布団なんでしょう。私が借りる訳には……」
「あいつのことは気にしないでいいんだ、本当に。好きに使ってくれ」
「そんな訳にいかないよ」
伊織は包丁を持つ手を止めて、彩に視線を向けた。
「色々心配だったり不満もあるだろうけど、彩は元に戻ることだけ考えてろ。戻りたいんだろ?」
「……」
伊織の問いに、彩は言葉が詰まる。
「どうした。何か思い出したのか?」
「……戻らなきゃならないって、それは思ってる。……ここは私が何にも知らない場所だし。でも……戻りたいのかって聞かれると、よく分からない。何だか胸が苦しくなって、不安で」
そうか、と言って伊織は包丁を置いた。
そして彩の目の前まで来て片膝をつく。
布団の中で蹲る彩と、視線が同じくらいの高さになった。
「もしかすると、彩がここに来た理由とその気持ちは関係あるのかもしれないな」
「……」
「さっき猫が言ってた、俺の仕事。覚えてるか?」
「……つなぎ屋、さん?」
「そうだ。つなぎ屋ってのは、人間の気持ちを元手にして、今と過去とをつなげるのが仕事だ。その気持ちは前向きなものばっかりじゃない。辛さ、怒り、憎しみ……そんな人間の感情全部が元手だ。確かにここは彩の過去じゃないけど、何か大きな感情が切っ掛けになってる可能性はあると思う」
「私の、感情が原因で……この時代に?」
「分からないけどな。……でも仮にそうだとしても、それだけで見ず知らずの遠い昔とつながったりはしないだろう。お前の時代にもつなぎ屋がいれば別かもしれんが」
「……そういう職業は、私の時代にはないな。もしかしたら何処かにはいるのかもしれないけど、全然一般的じゃない」
「だろうな。じゃ、考えても分からんことは後回しにしとけ」
そう言って伊織は笑ってみせた。
自分に向けられた笑顔。
彩の張りつめた心が一瞬緩んだ。
と同時に、自然と涙が零れ落ちてしまう
彩自身も、それを見た伊織も、互いに大いに慌てた。
「す、すまん、俺の言い方が悪かった」
「違う、ごめんなさい。ちょっと、安心して」
「そうか。それならいい……いや、全然よくないよな。とりあえず、信じてほしい。俺と猫はあんたを助けたいと思ってる。それは嘘じゃないから」
「うん……信じる」
その時、戸が開いて、背中に大層な荷物を背負った猫が姿を現した。
涙をぬぐう彩を見て、呆れたように伊織を一瞥した。
「女子を泣かすとは何たる男じゃ」
「ち、違うの、猫ちゃん。伊織は心配してくれただけで」
「勝手に人を疑うな」
「それだけ普段の信用が無いと言うことじゃ、己を省みよ」
「どさくさに紛れて言いたい放題だな。っていうか、お前こそなんだよ。随分買いこんできたじゃないか」
「彩に似合いそうな着物やら小物やら。それと幻様への手土産にいい香があったのでな。早々に必要になるかもと思っての」
「……察しの良いことで」
「そういうじゃろうと思って、褒美としてワシの好物も買ってきたわ」
「俺の分は」
「はて、お主のどのあたりへの褒美じゃ?」
「……さ、飯にしようか」




