第五話 つながる時
伊織の用意してくれた夕餉は簡素なものだったが、彩の体に染み入った。
やはり心身ともに疲れていたのだろう。
考えなければいけないことはたくさんあるのに。
そう思いながら、いつの間にか彩は眠りに落ちていた。
そうして寝入った彩の様子をしばらく眺め、猫が口を開いた。
もちろん相手は、彩から少し離れた畳に寝転がっている伊織である。
「幻様の下へは明日向かうのか?」
「……いや、ひとまず明日は自分で調べたい。今日、彩の降ってきた辺りに行ってみようかと思ってる。手がかりがあるかどうか分からんけどな」
それよりも、と伊織は横になったまま猫に視線を向けた。
「お前はどう思ってる?」
「今より二百年以上先、という話か? ……なんだ、お主は本気で信じておらんのか?」
「そりゃ、はいそうですかとは簡単には言えないだろう。……お前にとっちゃ二百年は大したことない長さかもしれんが、俺にとっちゃ大事だ。どう考えたって自分が死んじまった後の話だしな」
「なんと、つなぎ屋の言いぐさとは思えんな。今から二百年前の人間からすれば、お主の存在も同じことじゃろうて。互いが交わることは本来有り得んが、時は繋がっておる。今の前も、今も、先もずっと。それを、つなぎ屋のお主が疑ってどうする」
猫の言葉に、伊織は微かに目を瞠った。
「……猫、お前たまにはいいこと言うな」
「いつもじゃ、馬鹿者」
「それじゃ、もう一つ聞くが、お前は俺にどうにかできると思うか? ……俺が、過去ではなく、未来と今をつなぐことができると」
「ワシが主殿の力を疑ってどうする」
「都合のいい時だけの主かよ。……お前の口から久々に聞いたな、忘れてるもんだと思ってたぞ」
伊織が小さく苦笑する。
普段の言動からは理解し難いが、一応、猫は伊織の僕であった。
とは言うものの、自分の幼少期から常に傍にいた猫は、伊織にとっては僕というより姉-見た目は妹だが-に近い気すらしているのだが。
「主殿が動かすであろう運命とやらを、ワシも見てみたいと思うておる」
「いや、逆にそんなに期待されても困る」
「勘違いするな。期待はしておらぬ」
「……はいはい、左様ですか。もう寝る、明日から忙しくなりそうだからな」
「そうじゃな。頼むぞ、主殿」
含み笑いする猫を他所に、伊織は溜息を我慢して目を閉じた。
***
彩は夢を見ていた。
部屋の扉をノックする音。
シャープペンを持つ手が止まる。
扉が開いて、入ってくる人。
靄がかかったように顔だけが見えない。
けれど、あれは多分母親だ。
毎晩同じ時間に持ってきてくれる温かい紅茶。
でも、私は気づいてる。
それは優しさではなく、監視だ。
彼女が決めたレールにきちんと乗っているか。
踏み外したら、きっと紅茶はもう出て来ない。
そしてそんな母の期待が。
いつしか私の目標にすり替えられていく。
そう思う彩に、どこかから声が聞こえる。
-この世は真にお前の望む世か-




