表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/48

第三十七話 告白


 今日は一人で宝に会いに行こうと思う。

 

 彩の言葉に、伊織は驚く。


「大丈夫なのか?」

「うん…それに少し、一人で自分のことも考えてみたいんだ」

 

 幻の家までの道順は大体覚えていたし、猫が書いてくれた地図もあるから大丈夫だ、と。

 それを聞いてもなお、伊織は心配そうにしていたが、最終的には小さく笑って頷いた。


「そうだな。宝のことも落ち着いたようだし、それも必要か。じゃあ、俺は……」


 猫は早々に遊びに行ってしまったし、今日は仕事も入っていなかった。

 ならば一人でどうしようかと思い悩んで、伊織ははたと気づく。

 今までだってこうしてきたはずではないか。

 すっかり彩がいることに慣れてしまった自分が恥ずかしくなる。


「どうかしたの?」

「え? いや、全然。……気にするな」

「そう? 伊織はゆっくり休んでてね。あまり遅くならずに帰るから」

「暗くなるようなら、俺が迎えにいくから」

「それじゃ、全然伊織が休んでないじゃない」

「あ……いや、でも俺は別に」

「駄目。休んでて」


 彩は笑って出て行った。


 それを見送った伊織は、寝転んで天井を見上げた。

 そしてそのまましばらく考え込む。


 心残りが無くなったならば、きっと彩は帰れる。

 自分がつなぎさえすれば、元の世界への道は開かれるはずだ。


 -お前は本当にそれでいいのか-


 猫にも清にも師匠にも、全く同じことを言われた。

 だが、自分の気持ちなど一体何になるというのか。

 帰るな、と言えばいいのか。

 帰って欲しくないからつなぎはしない、とでも言えばいいのか。


 そこまで考えて、伊織は勢いよく飛び起きた。


「……そんな馬鹿なことあるか。おれはつなぎ屋だろ、しっかりしろ!」


 そう呟いて、自分の頬を両手で強く叩く。

 このまま家にいるとろくなことを考えそうにない、そう思った。


          ***


 一方の彩も、家を出た時の笑顔は消え、思い詰めた表情をして歩いていた。


 一人で宝に会いに行くと決めた訳。

 伊織に告げた理由ももちろん嘘では無い。 

 だが最も大きな理由は、猫もいない中、普通の顔をして伊織と過ごす自信が無かったからだ。


 仕事として、自分を帰すため奔走してくれた伊織。

 記憶が戻ったことを誰より喜んでくれて。

 やっと帰れると、言ってくれて。


 なのに自分は今更何を迷っているのだろう。

 これ以上ここにいても、伊織に迷惑をかけてしまうだけだと分かっているのに。


 下を向いたまま歩いていた彩は、交差する道から突然現れた人物に全く気づかなかった。

 そのままぶつかってしまい、互いに声を上げる。


「す、すみませんっ。私、全然前見てなくって」

「いや、こちらこそ考え、ごとを……あ」

「……清之助さん」


 常ならば咄嗟に浮いた文句の一つでも言うだろう清之助が、今回は彩の顔を見て明らかに戸惑った顔をする。


「あ、えっと。この間は、宝の所に行っていただいてありがとうございました」

「……いえ、お気になさらずに」

「宝と遊んでくれたって聞きました、すみません」

「……暇でしたので」

「これから道場でお稽古ですか?」

「……そうです」


 背負った竹刀袋を見てそう尋ねたが、清之助はやはり歯切れが悪い。

 もしかして、自分の正体を知って気味が悪くなったのかもしれない。

 そう思って、彩はこれ以上の深入りをやめた。


「宝が待ってますので、もう行かないと。お稽古、頑張ってください」

「……はい」


 そうして背を向け歩き出す。

 寂しいけれど仕方がない。

 伊織や猫の反応こそ普通ではないと思うべきなのだろう。


「待って……待ってください、彩殿!」

「……?」


 不意に大声で呼ばれて、驚いて振り返る。

 周りの人々も、何事かと足を止める。

 真剣な顔の清之助が、彩を追って駆けてきた。


「少しだけ……もう一度だけ、私に時間をください」

「清之助さん……?」

「幻さんの所までお送りしますから」

「え? でも清之助さんは道場に」

「構いません。気を紛らわすために行くつもりでしたが、無駄だと分かったので」


 清之助の言葉の意味はよく分からなかった。

 だが敢えて断る理由も無く、彩は同行を頼むことにした。

 そのはずなのだが。


「…………」

「…………」


 互いに言葉も無いまま、歩く。

 彩の一歩先を行く清之助の背中からは、何の感情も窺えなかった。

 気付けば辺りは表通りから一旦逸れたため、往来する者も少なく沈黙が痛い程。

 困り果てた彩が意を決して口を開こうとした時。


「彩殿」


 背を向けたままの清之助に呼ばれた。


「は、はい」

「彩殿は、すぐに元の世界へ帰られるのですか」

「……え?」


 まさに自分が思い悩んでいたことを尋ねられ、彩は動揺した。

 清之助が足を止め、ゆっくりと振り返る。


「あれからずっと考えていました。彩殿の希望が叶うのが一番だと、そう思ってあなたのことを忘れようとした。……伊織や猫嬢から聞いてるでしょう、俺は女性にだらしがないと」

「い、いえ。そんなことは……」


 言葉に詰まる彩に、清之助は小さく笑った。


「隠さずとも結構ですよ、自覚もありますから。……でも、彩殿とお会いする度、俺はどんどん自分が分からなくなっていくんです。去る者は追わず、それが俺の信条だったはずなんですが、今回は全くそれができません」

「…………」

「俺は、あなたを帰したくない。……もしもここに残ってもらえるのなら、俺が絶対にあなたを守ると約束します」

「……清之助、さん」


 まっすぐな清之助の視線が、彩を捉えていた。

 確かに、本人の立ち振る舞いに加え、伊織達の言葉もあり、出会った時からずっと女好きという印象のあった清之助。


 だが、彩に対してはいつも丁寧な言葉遣いであったはずの彼の一人称が、いつの間にか「私」から「俺」へと変わっていることに、彩は気づいた。

 取り繕うことを忘れる程、真剣だということなのかもしれない。

 そして、そんな今の彼の言葉に偽りは無いように感じられた。

 ならば自分も偽りを言うことはできない。


「ごめんなさい、私……自分でも分からないんです。どうしたらいいか」


 迷っている自分の気持ちを吐露した。

 帰るべきであることと、帰りたい気持ち、帰りたくない気持ち。


 清之助は、彩の言葉に伏し目がちな笑みを浮かべた。


「彩殿が迷っておられるのは、なぜです?」

「え……?」

「記憶は戻り、元の世界へのわだかまりは消えたのですよね? それでもなお、あなたが帰りたくない理由……それは、伊織なのではないですか?」

「……伊、織?」


 戸惑う彩を見て、清之助は大きくため息をついた。


「本当に困った人だな、あなたも伊織も。……でも理由が何であれ、彩殿が帰らずにいてくれるなら、俺は諦めません。伊織にも、絶対に負けません」

「清之助さん……」

「彩殿にきちんと伝えられてよかったです。……俺はやはり悩むより動く方が性にあってる。今日は師範にも余裕で勝てそうな気がします」


 そう言って清之助は、やっと見慣れた笑顔で笑った。


「進む道が決まったら、俺にも教えてくださいね。……もしも元の世界へ帰ることを選んだとしても、黙っていなくなるのは無しですよ」

「……はい」


 清之助は少し切なげだが、どこか晴々とした表情でそう言うと、来た道を戻っていった。

 気付けばもう、幻の家は目と鼻の先である。

 結局清之助は、共に歩いた道を丸々戻っていくのだろう。

 彩は、そんな清之助の優しさをありがたく思う。

 彼の望みに応えることは、きっと難しいけれど。


お立ち寄りありがとうございます。どんなことでも構いませんので感想を頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ