第三十四話 メッセージ
翌日の空は雷雲が残らず去り、突き抜けるように青く晴れた。
清之助は、彩への土産を片手に伊織の家へと急いでいた。
茶店の女中から教えてもらった店で手に入れた可愛らしい簪。
きっと彩によく似合うだろう。
そう思って気分よく歩いていると、通りに面した質屋でのやり取りが耳に入った。
「だからよぅ、絶対すげぇお宝だって」
「いや、こんな訳の分からないもの買い取れんよ。一体何なんだ、こりゃ」
「知らねぇよ。でもやたらと光って綺麗だろう? 雷の後に川原に落ちてたんだ。雷様のお宝とかじゃねぇかな」
「馬鹿言うな。冷やかしなら他所でやれってんだ」
見れば煤けた格好の男が一人、質屋の主人と交渉中のようだった。
それを数人が遠巻きに眺めている。
清之助もその風変りな会話に興味を引かれ、男の傍に近づいてみた。
質屋の主人が気味悪そうに男につき返したのは、小さく四角い延べ棒のような銀色の物体。
余程磨いてあるのか、確かに眩く光を反射している。
「ちょっと俺にも見せてくれないか」
「おう、いいぜ。兄ちゃんも言ってやってくれよ。こりゃ値打ちもんだって」
あっさりと手渡されたその物体を、清之助は凝視した。
持った感触は、とても硬くひんやりとしている。
一体何で作られているのか見当もつかない。
江戸のものとはとても思えない、まるで異国のものような。
「…………」
そこまで考え、清之助は思い出した。
-彩殿は一体どこからいらっしゃったのです? もしや遠い異国の地ですか?-
あの時、なぜ彩はあれ程驚いた表情を見せたのか。
まさかとは思いながらも、彩についてのこれまでの伊織の態度も相まって、浮かんだ疑念が一気に高まっていく。
咄嗟に頭を最大限に働かせた清之助は、大声を上げた。
「……これは!」
「!! ……兄ちゃん、何か分かるのかい?」
「お上が血眼になって探してる代物じゃないか! ……やばいぞ、あんた。どこでこれを手に入れたんだ?」
清之助の言葉に青ざめた男が、昨夜の一件について説明した。
男がこれを見つけたという川原。
そこに清之助は確かに覚えがあった。
「こんなもの質入れしたのがばれたら……あんた、確実に消されるぞ」
「何っ!?」
「これは預かろう。俺は多少上に顔が利くから、何とか上手く言っておくよ。念のため、あんたはしばらく身を隠してた方がいい」
「そうか! 恩に着るよ、兄ちゃん」
江戸の町で生きるためには、危ういことには関わらないこと。
お上と聞いて、遠巻きに眺めていた者達も方々に散っていった。
質屋の主人も、知らぬふりを決め込んでそっぽを向いている。
清之助は堂々とその見知らぬ物体を手に入れ、その場を離れた。
***
「彩殿!」
清之助が伊織の家に辿り着いたのは、折しも彼らが出かけようとしている時だった。
「これからお出かけでしたか?」
「はい。宝の所に行こうかと」
「少しだけ……私にお時間をいただけませんか」
「……?」
駄目だと言おうとして、伊織は何かいつもと異なる清之助の様子に気づいた。
それは彩も同様だったようで。
「あの、少しなら」
「ありがとうございます。……できれば、中で」
室内に入ると、清之助は辺りを見回した。
「猫嬢は?」
「虹丸と一緒に遊びに行ってる。用件は何だ」
少し迷って清之助はまず、簪を取り出した。
「彩殿に。きっとお似合いですよ」
「可愛い。でも悪いです、受け取れません」
「いいんです。……できれば今、挿してみていただけませんか」
「え? ……でも」
彩は困ってしまった。
いつも簪をつけてくれるのは猫であり、自分ではやった事がなかった。
何となく挿せばいいとは思うのだけれど。
そうも思ったが、結局正直に答えた。
「すみません。いつも猫ちゃんに頼むので、余り慣れていなくて」
それを聞いた清之助は、伏し目がちに小さく笑った。
「……なるほど。では、私にやらせてください。後ろを向いて」
清之助は手慣れた様子で彩の髪に簪を挿した。
「うん、やはり似合いますね」
「あの……すみません、本当に」
「清がいいって言ってるんだ、もらっとけ。で、用はすんだのか?」
「いや、まだだよ」
「早くしろよ。あとは何だ」
「彩殿」
「はい」
「……彩殿は妙齢の女性なのに、なぜ簪の付け方すらご存知ないのです?」
「え? えっと……」
「別にいいだろう、そんなこと」
「お前もだ、伊織。何故、彩殿をこの家で生活させている? 一体いつまで続けるつもりだ?」
「だから、それには事情が」
「……先日私が彩殿は遠い国から来たようだと冗談を言った時、何故、あれほど驚いたのですか?」
「…………」
「これは、私が初めて彩殿とお会いした川原にあったものです。……もしかして、これはあなたの物なのではありませんか?」
そう言って清之助が取り出した物体。
それを見て、彩は思わず叫んだ。
伊織が何を言う間も無かった。
「スマホ! わ、私のです!」
彩はスマホに手を伸ばそうとしたが、清之助は素早くそれをかわした。
「彩殿。こんなもの、俺は……いや、俺だけでなく、多分誰も見たことがありません。教えてください。あなたは一体、どこから来たんですか?」
「…………」
***
最早、清之助に隠し通すこともできず、二人はこれまでの経緯を清之助に説明した。
聞き終えた清之助は、額を押さえて深い溜息をついた。
「彩殿は先の世から来た方、だと? ……どうして言ってくれなかった、伊織」
「いや、お前に言ってどうにかなるものでも無いしな」
「少なくとも、俺はお前を友だと思っている。事情を知っていれば、つなぎの力にはなれずとも俺なりの協力は何かしらできたぞ」
「そう、だよな。……すまない。余裕が無かった」
「あの……すみませんでした。私、ずっと嘘をついてて」
そう言って謝る彩に、清之助は今日初めて笑顔を見せた。
「もう嘘は無くなったのだから大丈夫ですよ。これからは、遠慮せずもっと私のことも頼りにしてください」
「ありがとうございます、清之助さん」
そこで清之助は思い出した。
「あ、そうだ。すみません、こちらはお返ししますね」
「……!!」
差し出されたスマホを、震える手で受け取る。
ボタンを押しても反応が無い。
半分諦めつつ、電源ボタンを長押ししてみた。
「なあ、彩。それって一体何なんだ?」
「これはスマホって……言っ、て……っ!?」
見慣れたロゴが表示され、彩の言葉は途中で止まった。
少しの間をおいて、自分が設定した壁紙が表示される。
右上の電池残量は45%。
そして何より彩が驚いたのは。
「未読が……120件?」
横から覗き込んでいた伊織と清之助も目を丸くする。
「何なんだ、これ。どうなってんだ」
「すごいもんだな……未来の道具というのは」
高鳴る心臓を抑えながら、メッセージを確認する。
「……!」
そこには。
香奈や両親、他にもクラスメイトの何人かからの呼びかけがずらりと並んでいた。
-彩。今どこにいるの?-
-事件とか巻き込まれたりしてないよね-
-ご飯、ちゃんと食べれてますか。ちゃんと眠れてますか-
-皆心配してます。どうか連絡ください-
-助けてあげられなくて、弱くて、ごめん-
-ちゃんと謝りたい。だから早く帰ってきて-
-会いたいよ、彩-
「…………」
食い入るように画面を見つめた彩は言葉を失い、ただ涙だけが溢れてきた。
スマホには写真も残っているはずだったが、それを見ずとも思い出していた。
香奈。
ずっと私の一番大切な友達だった人。
いつの間にか私だけを残して、私に背を向けて去った人。
でも、この間の夢で自分は見た。
香奈が自分のために泣いてくれたこと。
あれは伊織の言う通り、きっと夢じゃない。
もっと、もっと早く気づけていれば。
きっと私は-。
「彩……大丈夫か」
「……ん」
「彩殿、これを」
清之助が差し出した手ぬぐいを有難く受け取って、顔を覆う。
「ごめんなさい、泣いちゃって」
「謝ることは何もない。……思い出したんだな?」
言葉に詰まり、彩は何度も頷いた。
伊織は清之助の顔をちらりと伺った。
複雑そうな顔をしている。
気の毒ではあるが、やむを得まい。
どうあろうと事実は事実。
自分がやるべきことはそれを伝え、実行することだけだ。
意を決して、伊織は口を開いた。
「よかったな、彩。これできっと、元の世界に帰れる……俺が帰してやる」
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