第二十三話 気持ち
夕暮れの中、苦楽と別れて長屋へと帰る道。
伊織と彩はしばらく互いに言葉も無く、前後に並んで歩いていたが。
「あの」
「あのさ」
思い切って発した言葉がぴたりと重なり、思わず伊織は振り返った。
同様に顔を上げた彩と視線が合わさったが、彩はすぐに俯いてしまう。
「本当に何も気にしなくていいからな。師匠と苦楽は俺をからかって楽しんでるだけだから、心配いらない」
「……そういう訳にはいかないよ」
「彩も今日見てただろ?自分で言うのも何だが、俺はそれなりに強い。でも師匠の親父さんは普通の坊さんだったらしいからな。だから俺なら大丈夫だ」
「伊織が強いのは分かった。すごくかっこよかった」
「そ、そうか」
素直な彩の言葉に伊織は動揺したが、俯いたままの彩は気づかずに続けた。
「でも、やっぱり心配。私、伊織を危険な目に遭わせたくない。それくらいなら、ここにいたい。それが駄目なら、もう一つ苦楽さんが言って可能性……ここがつなぎの世界で、強制的に戻らなきゃならないって言われる方が、いい」
「…………」
元の世界に帰りたいのか、正直に言って今は即答できないけれど。
伊織を犠牲にしてでも戻りたいとは、絶対に思わない。
「彩。お前が未来に帰るのは、きちんと自分で考えて答えを出した時だ。そして、その時は必ず俺がつなぐ。未来のつなぎ屋なんて関係ない。だからそれまではここにいろ。勝手に消えたりするな。もし消えそうになったら、おれが彩をこちらにつなぐから」
そう言って笑ってみせた伊織。
そっと視線を上げて伊織の笑顔を見た彩も、小さく笑った。
「ありがとう」
***
その夜、彩が眠ったことを確認し、伊織は猫に苦楽の話を伝えた。
話を聞き終えた猫は、猫の姿で一つ大きく伸びをする。
「未来を知るということは、人間には出過ぎた真似じゃということなのかのう」
「…………」
「未来は様々な可能性の一つの結果。行動一つで大きく変わるものだろう。幻様の御父上が見た未来とて真実かどうかは分からぬ。もしかするとその赤子は無事生まれてすら来なかったかもしれぬし……流行り病ですぐに死んだのかもしれぬ。結局、その雑兵の見たかった未来へつながっただけということもある。さすればそれは強欲というものじゃ。当然妖も寄ってこよう」
「過去を変えたいっていう願いと同じなのかもしれないな」
坂田夫妻のように過去をもう一度見たいというささやかな依頼には、得てして妖は少ない。
一方で過去を変えたいと望む依頼の際は、妖の数が格段に増える。
それも猫の言う強欲ゆえなのだろうか。
「でも、師匠の親父さんの時とは今回は状況が違う。今回の未来は可能性じゃない。彩が実際に生きていた、確実に存在する未来だ。今の彩からすると……言い方は変だが過去であるとも言えないか」
「確かに変じゃが、珍しく的外れでもない」
「珍しくは余計だ。とりあえず、今俺が言いたいのは未来へのつなぎは可能だってこと。それよりも」
「未来のつなぎ屋か」
「そんなの二百年先に本当にいると思うか。その上、彩にとって見知らぬこの時代にわざわざつなぐ理由も全く分からん」
「どうかのう。伊織が後継者を育てれば続くやも」
「言ってるだろ。俺は誰もつなぎ屋にはしない。これは師匠も了承済みだ」
「つまらぬ」
「結構だ。……にしても、俺は彩につなぎの気配を全く感じない。お前は何か感じるか?初めにあった時に、妙な気だと言っていただろう」
「時が歪んでいる気がしたが、恐らくそれは彩が未来から来たせいじゃろう。つなぎの気配は確かに感じぬ」
つなぎを行う際の、あの独特な気配。
それは依頼主本人にも、つなぎ屋である伊織自身にもまとわりつく。
だが彩からはそういう気配は全くしない。
幻や苦楽もそうは言っていなかったから、きっと自分と同じはずだ。
「そもそもつなぎではないか、もしくは未来のつなぎ屋がお主よりも凄腕であるか、かのう」
「判断がつかない。ということは、彩が突然消える可能性は十分にあるってことだ」
「だとすれば、お主はどうするつもりじゃ?」
「勝手に消えるなと彩には言ったが……正直分からん。彩にとって一番いいのが何なのか。苦楽の言う通り、記憶が戻れば分かるのかも知れんがな」
「彩ではない。お主はどうしたいのか聞いておるのじゃ」
「俺? いや、俺がどうしたいかなんて問題じゃないだろう。清もお前も何故、俺の気持ちを聞く」
猫は大きな瞳で伊織をじっと見つめた。
伊織はその視線からあちこち目を逸らしていたが、いつまでもこちらを見つめている猫に根負けして溜息をついた。
「そりゃ、急に消えるのは勘弁してほしい。この数日、結構楽しかったし……これからも、その、楽しいんじゃないか、と」
「事故とはいえ、添い寝もしてもらえたしのう」
「ばっ……」
馬鹿野郎と叫びかけて、伊織は何とか我に返り言葉を飲み込んだ。
改めて小声で馬鹿野郎、と唸った。
「そんなんじゃねぇよ。……寝る」
言うなり伊織は布団を頭まで被ってしまった。
やれやれと言った表情の猫は丸くなって欠伸をし、伊織と彩の間に寝そべる。
「本当に世話の焼ける男じゃのう」
その言葉は誰に聞かせるでも無く呟いたようだったが。
耳を赤く染めた彩の布団が小さく動くのを見届けて、猫は目を閉じた。
-いつから起きていたものやら。揃いも揃って世話の焼けること-
***
それからの数日は微かな緊張の中、しかし普段と変わらぬ時間が流れた。
幸いつなぎの仕事も無かったため、伊織は彩からなるべく離れず、つなぎについて考え続けた。
猫に言わせれば、仕事が無い事を喜ぶとは不届き千万だそうだが。
それでも仕事で自分が守れぬ間に彩が消えるよりはずっといい。
伊織はそう思いながら、虹丸や猫と遊ぶ彩を遠くから眺めたり、呆れる程押しかけてくる清之助を追い返すことを繰り返して日々を過ごした。
お立ち寄りいただきありがとうございます。どんなことでも構いませんので、感想を頂けるとありがたいです。




