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1-19 最後の締め

 鈴鹿は溜め息を吐きながら、続きを促した。


「で、起きたら何だって?」


「はい。

 何やら普請が行なわれていたようで、家は壊され、塚も見るも無残な姿に」


「そ、そいつはまた!」


「それで怒りのあまり普請の人工にんく共を祟ってやったのですが、祓い屋が呼ばれて、あっさりと祓われてしまって」


「お前、守り霊のくせに、たいした事ないな」


「はあ。元は町人の娘でありましたので」


 まあ、そんな事はよくある話だ。

 今回の鳥のように、怨念の方が凄まじい力を発揮するのだから。


「それから、どうしたい」


 娘の体、いやガルーダか。

 その周りをきらきらと輝く粒子のような物が包みだしていた。


 このタイプの妖魔の場合は、通常は黒い闇の衣のような物が噴出してくるのだが。


「ええ、怒りに我を忘れていた間に、何か思いだせないのですが、何か黒いものに飲み込まれるというか、憑かれるというか。


 いけない、これは良くないもの、と思ったところまでは覚えています」


 鈴鹿は大きく溜め息を吐いて、そろそろ引導を渡す事にしたようだ。

 光はますます、その輝度と密度を増している。


「わかった。

 もう、そいつは心点を突かれたんで虫の息だろうよ。

 お前の守り霊の力だけでも浄化されつつあるようだ。


 ほら、今度こそ成仏しなよ。

 あっちで大好きな源ノ進様が待ってくれているぜ」


「そうかしら。

 待っていてくれているかしら。

 あの人はいてくれるのかしら。

 まだ、あたしの事を覚えていてくれるのかしら」


 まるで顔を紅潮させているかのように、そう言った、そわそわした感じの彼女の顔も、もう光の奔流に隠されて半ば見えなくなってきていた。


「ああ、きっとな。

 早く行かないと、待ちくたびれているぜ。

 何せ、もうあんたが死んでから三百七十年は経っているだろうからなあ」


「きゃあ、大変。

 それはもう完全に待ちくたびれているわあ。

 あの人って待たされるのが凄く苦手なのよ」


 最早、ガルーダ全体から迸る光の柱の中で、彼女は笑っていた。


「ああ、『家を三百七十年守りました』って、胸を張って会いに行けよ」


「ええ、ありがとう。

 ありがとう。


 さようなら。

 あたし、もう行きます。

 じゃあね」


 そして、まるで壮大な仕掛け花火のような、ロケット打ち上げのような勢いで彼女は迸る光の柱を昇っていった。


 やや虹色を含む純白の霊光の花火は、神の招致を受けたかの如くに、やがて蒼穹へと鋭く飲み込まれていき、残光を残して消えていった。


 仄かな余韻を残し、後には鈴鹿の三本の忠実な眷属達が川原に突き立っているのみであった。


 そして、あたりはまるでこの周囲に元からあった邪気さえ祓われたかのような、清清しい清らかな気に満ちていたのだった。


「やれやれ、最期まで慌しい奴だったな。

 それにしても、なんてこった。


 一体、どいつが本当に悪かったのかよくわからないような、ややこしい話だった。


 とりあえず、あの極悪鳥が全て悪い。

 しかし、最期まであいつの姿を拝めなかったな」


「くくく。

 まあ、とにかくだな。

 妖魔などよりも、人間というものが一番恐ろしいという事でよいのではないかな」


「はっ、違いない。

 さて、我らも帰るとするか。


 あざ丸、しし丸、友切丸。

 お前達も御苦労であった。

 戻ってくれ」


 突き刺さっていた川原から、飛び出すように宙に跳び、まるで一礼するかの如くの所作の後に、彼らも眩い霊光の中へと消えていった。


 鈴鹿は、んーっと伸び上がって息を吐くと、霊装水干に取り付けてあった超小型ビデオカメラの具合をチェックした。


「ん、ちゃんと撮れているね」


 あの娘も妖物ではあったのだが、今際の刻みには、往生際よく映像に映っていたようだ。


 これが撮れていないと、報告書の提出が大変な事になってしまう。


 それを提出するのも報酬のうちなのだ。

 スマホを取り出し、宗像を呼び出す。


「おお、麗鹿。

 いや今は鈴鹿か?

 どうだった」


 大きく期待を込めた声が、電波を通してそれを伝えてきた。


「ああ、終わったよ。

 餌共はどうしている?」


「ああ、かすり傷だったから、どうという事もないさ」


「じゃあ、戻るわ。

 奢りの約束は忘れないように」


「わかっている。頼むから領収書付きの宴会にさせてくれ」


「はは、あいよ。

 飲み放題も付けろよ。

 まったく。

 やはり、後味のよくない事件だった」


 『戻った』麗鹿を、真っ先に出迎えてくれたのは、あの山崎だった。


「麗鹿姐さーん」


 まるで、あの大ボケ探偵上谷のような台詞を叫びながらジャンプして飛びついてきた、そいつの鳩尾に手刀の先端を軽く一撃くれてやる。


 半ば悶絶しながら床に落ちてじたばたと蠢いているそいつを、溜め息と共に見下ろしながら、宗像に訊いてみた。


「こいつは、まだ元に戻っていないのか」


「いや、なんだかよくわからないのだが、目がハートマークになっているしな。


 なんだか浮ついたような感じで、ずっとこの調子だ。

 なんとかしてくれ」


 山崎も鈴鹿と呼ばずに麗鹿と呼んでいるあたり、正気は保っているようだが。


「なんとかと言われてもな。

 人間で、こんなに効きのいい奴も珍しい。


 その割には、あまり眷属としての能力は上がっていなそうなのだが。

 ただの童貞か?

 傷の治りが早いのは幸いだった」


 笑いながら山崎の襟首を持って立たせている宗像。


「ところで、勇者鈴鹿を称える宴は約束通り焼鳥でよかったのか?

 名古屋コーチンとかどうだ。

 最近、名古屋から進出してきた店があるんだ。

 他にも各地の地鶏とか食える店を見繕っておいたぞ」


 麗鹿は、ちょっと人差し指をこめかみに当てて、軽く目を泳がせながら答える。


「リクエストしておいて悪いんだが、今回、鳥は止めよう。

 なんだかな、とか思っちゃってさ。

 鳥と聞いただけで、どうにも食欲が湧かぬ」


「そうか。

 散々あれとやりあった、お前の立場からすればそうかもしれんよな。

 それじゃ、打ち上げは焼肉でも行くか」


「ああ、今回は若い奴らが多いから、それがいいかもな」


 そして他の二人に挨拶しながら、今日の宴席の締めは冷麺にするかビビンバにするか、脳内のメニュー注文シミュレーションで激しく葛藤する麗鹿なのであった。


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