1-12 出立
あれから夜はまた飯を食いに行き、早めに解散した。
そして、翌日早朝には自衛隊ヘリのお迎えで、警視庁の屋上ヘリポートより出発した。
麗鹿のところにも、夜勤のパトカーがお迎えに来た。
まだ地下鉄も動いていない時間だ。
大空を行く道中の景色にも眼をやる余裕はなく、ヘリをも包むかのような緊張した空気が流れていた。
麗鹿だけは、ヘリの騒音の中で、ぐうぐうと寝ていたが。
やがて見えてくる富士の姿に見惚れる男達。
そして、何時の間にか起き上がっていた麗鹿は山の神に祈った。
「偉大なる霊峰富士よ。
お頼み申す。
この扶桑の国に蔓延る魔の者の、闇の住人を討ち払う聖なる力を、この陽たる鬼に賜りたまえ。
かしこみ、かしこみ申す」
麗鹿が、こんな風に神頼みのような事を始めるとは思ってもいなかった面々は驚いてしまった。
「いや、驚いたな。
鬼がそんな風に祈るなんて」
「なんだ、お前ら。
そんなことで驚くな。
鬼とは、基本は山に住む者。
山は鬼に力を与えてくれる。
富士の霊峰から立ち上る、あの『山オーラ』が視えぬのか、この罰当たりどもめ」
「や、山オーラ!?」
驚いた山崎が思わず聞き返す。
こいつは馬鹿正直で、もしかして刑事には向いていないんじゃないかと思った麗鹿だった。
「人でも、少し訓練をすれば最低のオーラ視くらいはできる。
神聖な山々から立ち上る竜巻のようなオーラが見えぬのか。
最低でも、何か白っぽいものとして認識できるものだぞ。
だから人は、あのように簡単に山を切り崩しても平気なのじゃな」
鬼の目からは、それは神々しい神の光のように色づいて視え、そこから力を頂く事ができるのだ。
そういう意味でも、ここはベストな戦場であったのだ。
彼女にとり、もっとも元気が出るのは、やはりその出自により三重県は鈴鹿の山々なのであるが。
ヘリは降下し、急遽運ばれた大型の海上輸送用コンテナへと向かった。
それを三つ、五百メートル間隔に三角の位置に並べてある。
あまり近接に置くと、奴がうろうろして迷ってしまいそうだ。
ちゃんと一箇所に留まってもらわねばならない。
あまり離しても、今度は麗鹿が間に合わない。
コンテナの中には水・食料と簡易なトイレが設けられている。
持久戦だが、日頃から忍耐強さを要求される刑事だけあって、引き締まった顔で臨んでいた。
「よし、じゃあ次ね」
そうして3人を別々のコンテナに収容した。
最後のコンテナで別れ際に山崎が心細そうに言った。
「こいつが僕達の棺桶になるんじゃないといいんですがねえ」
「そうならない事を祈っておくんだな。
祈る相手がいないんなら、そこの御山に祈っておけ。
鰯の頭に祈るよりは物理的に効果があるだろう」
「そんなものですかね。
では餌は仕事に入りますので、後は御願いします」
山崎のそんな自虐的な挨拶に苦笑した宗像は、奴の頭をぐりぐりしてやっていた。
それを見て、しょうがないなと思った麗鹿は山崎に近づいて言った。
「山崎、特別におまじないだ」
そう言って、ひょいと頭を巡らせ山崎の首筋に吸血鬼のようにキスをした。
山崎は骨の髄までゾクゾクっとしたその感触に、思わず体を震わせた。
「う、う、うわあ~。
今の凄く気持ちよかった。
ね、ねえ、麗鹿さん。
もう一回、もう一回」
「馬鹿者、それはおまじないだと言ったろうが。
他の二人には、やっていないのに何故お前だけにそうしたと思う?」
「さ、さあ?」
確かに、と首を捻る山崎。
宗像も、あれには何か意味があるのだろうと思っていたので説明を待った。
麗鹿はこういう事を無意味にやる鬼ではない。
「これはな、『鬼の接吻』といって、一種の軽い隷属の効果がある。
吸血鬼のあれと同じだ。
お前は一時的に、鬼の眷属となったのだ。
さっきの快感は、人外の者、大いなる者の眷属として選ばれた事を体が喜んでおっただけなのだから。
安心せい、その効果はすぐに消える。
その状態だと、身体能力も上がり、心も強くなる。
まあよくあるだろう、薬物を兵士に与えて一時的に心身を高めるような事例が。
少々の魔は、わたしの力で退けてくれる。
奴に対して、どれだけの効果があるかは知らぬがな。
その代わりに魔、鬼であるわたしの匂いがついているので、奴に狙われ易いかもしれん。
今からわたしの匂いと共に、奴に向かって『放送』するのでな。
この辺がなんとも言えんところよ。
だが、お前には必要と判断した。
お前、結構この土壇場でビビっておるだろう」
それを聞いて、ちょっと項垂れる山崎。
だが、それも長続きはせずに、面を上げたそこには歓喜の表情があった。
心なしか犬歯を剥いて。
それを見て、思わず「うっ」と、後ずさった宗像。
明らかに何かにラリっている感じの様子だ。
「とんでもございません、鈴鹿様。
この山崎、必ずや貴女様のお役に立ってみせる所存でござりますれば」
隷属効果が、はっきりと出ていて、麗鹿の事を鈴鹿と呼んでいる。
これには思わず苦笑する麗鹿。
そして傍らの頭が痛そうな顔をしている宗像の肩をポンポンして。
「こいつは馬鹿だから鬼の接吻が効き過ぎるのか、妙に生真面目な奴だからそうなるのか。
いずれにしても本当に面白い奴だな」
そして、ぎらぎらとした笑顔で見送る山崎を置き去りにして、麗鹿と宗像はヘリに乗り込んだ。
ヘリは最新式の高機動の物で、その上レンジャー訓練などで降下訓練をやれるような構造になっているものだ。
「本当に降下用のホイストは必要ないのですか?
我々は安全のため、あまり妖魔には近づけないのですが」
「ああ、構わない。
それより、万が一の際は囮役の刑事を救出する事に専念してくれ。
私の心配は不要だ」
そしてヘリは麗鹿達を乗せて飛び立つと上空で待機した。
他に地上で救出用のヘリが別で2機待機していて、地上監視用の偵察ヘリが交替で飛ぶようになっている。
自衛隊関係者は、妖魔出現には充分備えさせている。
ヘリの整備とかの人間など、最低限の人員しか置いていない。
遭遇したら、戦闘せずに逃げるか頑丈な狭い場所、妖魔が出現できるスペースが無い場所に隠れるように麗鹿から指示されていた。
これが、普通の状態であるなら自衛隊の連中もむっとするのであろうが、今回ばかりは完全に白旗だ。
敵は超空間に潜み、自在にテレポートしてきて、おまけにこちらの攻撃は受け付けないというのだから。
逆に上官からの命令があったとて、戦えと言われても非常に困るのだ。
富士駐屯地に残っている隊員達も、内心はビビっているのだが、そんな事は言っていられない。
この国を侵す闇があるというのであれば、本来、それを討ち払うのは彼らの仕事なのだから。
そのための覚悟ならとうにある。
「あっはっは。
まあ、奴らに出会ってしまったらさ、気楽に鬼ごっこを楽しんでくれよ。
ああ、鬼は私だったな」
そんな風に笑い飛ばす麗鹿に、隊員達も「この女、どういう神経していやがるんだ」と思いつつも、その豪放さに心強さを感じるのは致し方ない事であった。
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