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1-13 霊装

 ここは、現場の上空、約五百メートルの地点だ。


 あまり離れてはいけないので、この高度でホバーリングしている。

 何かあれば、機は後退するか上空へと高く飛ぶ予定だ。


「さて、準備は整ったな。始めるとするか」


 そして、すっくと立ち上がった麗鹿は小声で叫んだ。


「霊装、紅丸。着装」


 すると麗鹿の体が輝きだし、とてつもない光を放った。


 窓からも大量の光が迸る。

 傍から見ていれば、ヘリにミサイルを食らったかと見紛うほどだ。


 パイロットには前もって伝えてあったのだが、それでも驚いたことだろう。


 地上の管制が無線でヘリを呼び出している。

 パイロットは一切慌てずに無事を伝えていた。


 宗像は、麗鹿の換装を見るのは初めてではないが、ここまで間近でゆったりと観察した事はない。


 今日は戦闘中ではないし、『作業』をしているので、非常にゆっくりと霊装しているようだ。


 いつもなら一瞬で終わるはずなのだが。


 さきほどのような霊光も、普段なら隠す事が可能なのだが。

 まるで、「これを視たのなら、いつでもかかってくるがよい」と言わんばかりの荒っぽさだ。


 ヘリの爆音が響く機内、その霊光に輝く中で麗鹿の衣服が少しずつ消えていく。

 千切れて飛んでいくわけではない。


『どこかへ』仕舞っているらしい。

 ジャケットが、スラックスが、サングラスが次々と消えていく。


 いつもと違って、今日はスローモーションだから何かこう際どい。


 靴にネクタイ、ワイシャツに靴下、下着さえも。


 普通なら後ろを向いているところだが、この状態は無防備そうだ。

 万が一何かがあるとマズイので、宗像はそのまま観察していた。


 強烈な光の中で細部が見えるわけではないのだが、シルエットは陰毛の形までくっきりとわかる。


 それがなまじっか、はっきりと見えるよりも遥かにエロチックだ。


 人のそれとは異なり、年月を経ても衰える事のない完璧な女体。

 今、世界で唯一、宗像だけがそれを鑑賞する事が許されている。


 その換装の仕草が、まるでストリップを踊るかのように艶かしく扇情的であるように思えるのは、本当に宗像の気のせいだけなのであろうか。


 そして、新たに霊的な衣装が霊装として組み上げられ、徐々にそのボディを覆い尽くしていく様を、若干名残惜しげに見ている宗像。


「ふう」


 通常よりも時間のかかる換装を終えて、軽く息を吐き出す麗鹿。

 いつもなら一息に換装し、戦闘化態を取るのだが。


 少々気合がいるが、瞬間着装なら霊光を見せる事もなくクイックに終了する。


 今日は換装中に、中に仕込んでいた事があるので時間と手間がかかり、さすがに少し疲れた様子だ。


 そして悪戯っぽい笑顔を宗像に向けると、さっそく弄りだす。


「ふふ、どうじゃ。

 わしのストリップは。

 なかなか見ごたえはあったじゃろう」


 やっぱり踊っていたらしい。

 こういう悪戯心は麗鹿の真骨頂だ。


「あーいや、それはその。

 えー、はい。

 堪能いたしました」


「はっはっは。

 こんなに時間をかけての着替えなど滅多に無いからのう。

 眼の保養とでも思っておけ。

 さて、彼奴らも呼ぶとするかの」


 ああ、あれを呼ぶのか。

 そうか、それで餌を3人でと言ったんだなと納得顔の宗像。


 そして改めて麗鹿、いや、この霊装を纏った彼女こそは鈴鹿と呼ぶべきであろう。


 水干と言うのだろうか。

 完全に和装で、活動しやすいようにゆったりとした袴スタイルだ。


 動き易いよう、上装の上着は短めに設定されている。


 そして引立烏帽子。

 何より眼を引くのが、それらが皆真っ赤である事だ。


 情熱の赤、あるいは妖魔の返り血が目立たぬようにとでもいうのだろうか。


 緋袴に、これまた緋の上装だ。

 烏帽子は引立烏帽子としては中くらいの丈か。


 そのせいか色合いもあって、まるでサンタ帽かと見紛うものだった。


 そして水干の袖や胸には金色の装飾と同じく金色の鈴があしらわれている。


 足元は、下駄と呼ぶべきか草履とよぶべきか。

 高足の下駄ではなく、木の造りで、しかし平たい底を持つ低い踵を持った履物だ。


 そして、何よりその腰にある大太刀。


 国宝級の銘を持っていそうな見事な太刀で、その金銀などで彩られた豪奢な柄の先に、紫の太目の紐でつけられた金の鈴がついている。


 しかし、それは霊鈴らしく、鈴鹿が少々身動きしても鳴る事はない。


 腰まで伸びた銀髪に真っ赤な眼、キュッと両端の上がった唇。

 犬歯の除くその姿は、まるで吸血鬼を思わせるがそうではない。


 食人鬼でもない。

 生粋の鬼、悪しき物では無い、霊力の高い、幾百年も各地で神社などに祭られてきた正なる鬼なのだ。


 一種の神といってもよいほどだ。

 鬼も人が祀れば神となる。


「なあ、いつ見ても荘厳で立派な格好だけど、お前さんって鬼という割には変身しても角が生えたりしないんだな」


 ひらりと、まるでその霊装の着付けを確認するかのように、軽やかに一回りした鈴鹿は言った。


「馬鹿め。

 この姿が、わしの真の姿なのじゃ。

 いつもが仮初めの人の姿。


 まあ、そう代わり映えはせんがの。

 角なんか生やすのは邪鬼の証しみたいなもんだわい。


 ああやって人の姿で力を封じておった方が気を使わなくてよいわ。

 おかしなものが寄ってきたりもせんでの。


 今回も『放送』するのは、あまり気が進まんのじゃが、厄介な相手じゃ。

 やむを得ぬ」


 そうだったのかと感心する宗像。

 てっきり、変身魔法少女みたいなのにかぶれていたのかと。


 あの秋葉原近くに居を構えているので、ちょっとおたくが入っているのではないかと疑っていた。


 さっきの変身をスローモーションで見ると更に疑惑が増した。

 まあ人の趣味にケチをつけるつもりなどはないのだが。


「ところで、何を仕込んでいたんだ?」


「ああ、この礼装に奴の波長を同調させておいてやったのよ。

 餌のイメージを乗せてな。


 この霊装の霊力から電波を発生させているようなものよ。

『男のアドレス』付きでの。


 この霊装を解くまでは放送しっぱなしという訳じゃ。

 関東までは充分届いているはずじゃ。


 わしの霊力を嗅ぎ付けて、他のおかしなのが来ぬとも限らぬ。

 早めに決着を付けたいところじゃのう」


 そして、二人は待った。

 だが奴は現れない。

 もう早くも二時間が過ぎようとしていた。


「宗像よ、ヘリの燃料はあとどれくらい持つ」


「今、聞いてみるよ。

 操縦士さん、あとどれくらい飛んでいられますか」


 ヘッドセットを通して尋ねる宗像に、無情な返事が帰ってきた。


「燃料はまだ持ちますが、間もなく交替の時間です。

 長期戦になりそうですから、その意味でも連続して飛べません」


 宗像から状況を聞くと鈴鹿も舌打ちした。


「すぐさまやってくるとは思っていなんだがな、この状況はこちらが消耗するのう。

 止むを得ん。

 機体を交替して……ん? 待て!」


 何かが光った。

 普通の光ではない。


 だが鬼の目には確かに映った。

 奴はいつもなら夜に活動する。

 だが、今日は強烈に餌を撒いてやったのだ。


「何だ、何か見えたのか?」


「普通の人間には視えなんだか」


 すかさず、ヘリのパイロットに確認する宗像。

 ヘリの騒音の中、涼やかに鈴が一鳴りした。


「何も見えませんでしたが。

 偵察ヘリからも異常の報告はありません」


 その時、ヘリのスライド扉が開いて宗像の背に吹き付ける富士の風。


 宗像は思わず吹き付ける風によろけながらも、すぐに座席に掴まり体勢を整える。


 風の吹き込む先に振り向いたが、そこには開いたスライドドアの開口部があるだけで、彼女の姿は無かった。


「鈴鹿!」


 だが、宗像の判断は早かった。


 落ちないように椅子に座ってベルトを締めると、天井からぶら下がるヘッドセットを手に取り、すぐにパイロットに連絡をいれる。


「全機後退。敵が現われた。

 闇斬りが交戦に入る。

 足手纏いにならぬように下がれ。

 ただし、いつでも補助要員をフォローできる態勢をとっていてくれ」


 足手纏いと言われたのは屈辱だが、自衛隊員達も邪魔をするつもりは毛頭ない。

 首を竦めるのみだ。


 もとより、そのためにのみここにいる機体で、豆鉄砲一つ積んではいないのだから。


「一旦、地上に帰還いたします。

 場合によっては非常に燃料を食う高機動を要求される展開が予想されます。


 この機は燃料を補給しますので、宗像さん、あなたは地上で発進準備の出来ている機体に乗り換えてください」


「わかった。降ろしてくれ」


 急速に地上に降り行く機体の中で、宗像は祈った。


「頼むぜ、鈴鹿」


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