1-14 ガルーダ再び
光ったのは第3コンテナ。
つまり、あの山崎のいるコンテナだ。
「やはり、キスが思いのほか効いてしまったかの。
やれやれだわい」
ヘリから飛び降りた鈴鹿の体を覆っていたのは羽衣だ。
霊装である水干の上から更に羽織る二重霊装だ。
なんといったらいいだろう。
兵隊が、服の上から羽織るポンチョやマント、いや防弾着といってもいいのか。
一見、ただの頼りない薄絹に見えるが、防御だけでなく色々な機能がある。
ここで発揮するのは飛空能力だ。
なんというか、飛行機やヘリのように自在に飛べるわけではないが、高所から滑空したり風に乗って飛び上がったりなどの能力がある。
地上に向かって緩やかに落ちる事も可能だ。
まるで蜘蛛を思わせる能力だ。
別名、霊蜘蛛とも呼ばれる。
大昔、都の妖魔退治を引き受けた礼に、時の守護代より褒美として賜ったもので重宝している。
鈴鹿の霊力で使える霊装具なので傷む事も無い。
その時代にもっとも腕の良い、霊装技師が鈴鹿のために調整して作ってくれたものだ。
鈴鹿の状態ならば、やろうと思えば飛べない事もないだろう。
霊力を大量に消耗するので、そうそうは使えないだろうが。
ひらりっとコンテナの上に降り立った鈴鹿。
とても数百メートル上空から降り立ったとは思えないような、羽衣そのもののような軽い身のこなしだ。
「はて、彼奴めが。
もう来ておるはずじゃが。
わしの霊眼でも見えぬとはな。
己の空間に隠れ潜むか。
とことん厄介な奴め。
今の山崎ならば、わしの気配に気がついているはずなのだが」
下の鉄箱に潜む眷属(臨時)の身を危ぶむ鈴鹿。
「あれは眷属とは名ばかりで、気ばかりが強くなって、どうしようもないタイプじゃのう。
困った奴じゃ。
わしの足を引っ張らねばよいのじゃが」
次の瞬間、コンテナの『中で』激しい物音がし、コンテナ全体が激しく揺れた。
まるで、中で大きな生物が暴れているかのようだ。
「あ、あやつ。
なんと無茶な。
あの図体でコンテナの中に実体化するとは。
この大たわけが」
大きめのガラス瓶の中に、テレポーテーションで猛禽が入ろうとかするのと同じだ。
かなり無理がある。
身動きどころか、体が締まってしまう。
相手がまともな神経を持ち合わせていないのが、よくわかる。
ガタンゴトンと揺れ動くコンテナの天井の上で、コンテナ・サーフィンを堪能しながら、思わず中で七転八倒している(あくまで表現だけで、実際にはみっちりな状態)間抜けなガルーダとぎゃあぎゃあ騒ぐ山崎の姿を想像して、さしもの鈴鹿も笑ってしまった。
いや、そんな場合ではないのだが。
いっそ、このまま御札か何かで封印できてしまったのなら楽しいのになとか、つい考えてしまう。
とりあえずは、鈴鹿としての霊力で縛ってあるため、奴も空間妖術で逃れる事は叶わないはず。
実際に、山崎の間抜けな台詞がコンテナ内から漏れ聞こえてくるのだ。
ガルーダの巨体に潰されずに無事なようだ。
おそらく出現時に邪魔者として弾かれるのだろう。
「やあ出やがったな、この化け物め。
この鈴鹿権現が一の子分、この山崎大樹が退治してくれるわ。
うわ、暴れんな、こら。
でけえ図体しやがって。
ダイエットしやがれ、ああ?」
弱いくせに、やけに強気な山崎。
そして、暴れるガルーダとまた、すったもんだしている。
「鈴鹿権現か、また懐かしい呼び名を」
少し寂しげな、それでいて懐かしいというような、この戦闘の場に相応しくないような柔らかい笑みを浮かべると、ふわっとコンテナから降り立ち、そして拳で思いっきりそれを殴った。
凄まじい衝撃音が鳴り響き、コンテナの壁がやや変形して中の連中は大人しくなった。
そして鈴鹿は、両開きで片側をほぼ全開放できるコンテナのドアを開けた。
「ちっ」
思わず舌打ちする。
このコンテナの解放口は片側だけで、あとは側面しかない。
そっちから開けるべきだったかとも思ったが、こちらの存在は知らせてしまったので手早く開けたかったのと、開けた以上はそいつからもう眼を離したくない。
そこにいたのは山崎ではなくガルーダの頭だった。
不気味な鳥の怪物というか、まさしく醜悪な妖魔。
こちらを向いて上目に睨んでいる、その邪悪としか言いようのない眼!
もしここが港で、コンテナ作業員がこのように暴れるコンテナを開けたのだとしたら、港中が大騒ぎになっただろう。
そんな醜悪で悪意の塊のような魔物が、自ら虜囚となった箱の中に収まって妖しく蠢いていた。
常人ならば、その姿を見ただけで気分が悪くなって倒れるはずだ。
人間に簡単に耐えられるようなものではないのだ。
特に、こいつのようなタイプは瘴気を放っているのだから。
本当は山崎を先に引っ張り出してから、奴を中に『封印』したまま一息に始末する予定だったのだ。
まあ、あいつの頭のところにいたら、山崎などは、とっくに突かれていたのかもしれないが。
「山崎め。まったく気の利かない奴だ」
只の人間に向かって無理難題な事を言い置くと、あっさりと非情な決断というか、当然の決断をする鈴鹿。
山崎の救出を諦め、そのまま戦闘に入る事にしたのだ。
幸い、あいつには加護は与えておいた。
運が良ければ生きているだろう。
「鳴れ、鳴鈴」
涼やかに今度は永く大きく鳴り響く霊鈴の音と共に、腰に差した大太刀が光り、鈴鹿の手には腰にあったとは思えぬような刀身を持つ、全長およそ二メートルほどの巨大な太刀があった。
美しく、そして強大な霊力を秘めた神刀か。
これも霊装であったものらしい。
そして、それを引き両手で突きの構えを取った。
腰を若干落とし、肩に構えたそれ、引き絞られた右腕。
弓か槍かの如くに、鬼の力で撃ち出され繰り出される直線の光。
ガルーダの禍々しい面のど真ん中に、その必殺の突きを、突き……立てられなかった。
「何!」
代わりに、鳴鈴の一撃を受け止めたのは『刀』だった。
これも、奴の手に相応しく巨大な物だ。
先ほどはどこにも無かった筈の。
信じられぬ事に千年鬼の繰り出す霊装武器の一撃を、刀同士の剣戟の音を激しく鳴らし、鋭い霊的な音響を響かせて受け止めた。
まるで巨大な鈴でも鳴ったかの如く。
あるいは天井の鐘でも鳴らしたか。
そして、往なされた鳴鈴は弾かれて、やや不利な体勢での競り合い。
必殺の一撃を放った直後は、片腕を伸ばしきっている。
向こうも体制的にそれ以上は動けないのだが。
世にも不思議な鍔迫り合いは一瞬拮抗した。
何故、そんな自分に不利な狭い場所に入り込もうとするのか。
狂っている。
いや狂った挙句にこのような怨念と化し、極楽鳥に囚われているのだから、行動的にはそれで正しいのか。
鈴鹿の一撃を討ち払った状態で逃げていかないところを見ると、とりあえず狙った通り、鈴鹿の強力な霊力で、空間妖力の効果をきちんとジャミングできているようだ。
先程のような状態では、一旦拘束が解けてもおかしくはない。
また、獲物にも異様に執着しているのだろう。
その拘束を解いたとて、すぐには逃走したりはすまい。
逃げようとする素振りさえ見せない。
まるで親の仇でも見るかのように、真っ赤な装束の鈴鹿を、同じくというか禍々しい灼で睨んでいる。
「おのれ。
よりにもよって、ガルーダが刀を使うだと」
意外な展開に鈴鹿も困惑を隠せない。
確かに態勢悪く、狭い中へと繰り出した、やや威力に劣る剣戟ではあったものの、まさか爪と牙で戦う勇猛なガルーダともあろう妖魔が、よりによって刀での戦闘を選ぶとは。
「ちいいー、これだから人由来の『情落ち』は困る。
やる事が人並みに狡猾だ」
こいつは鳥のくせに人間の手を持った妖魔だから、こういう事も起きる。
しかも、突然取り出されたこいつの刀も霊装に違いないのだ。
そうでなければ、鈴鹿のような強大な鬼の放つ神剣鳴鈴の一撃を受け止めきれまい。
おそらく元となる刀はどこかの高名な神社に奉納されていた物を盗み出したのだろう。
元の女の魂からの、いらん入れ知恵に違いない。
だが、奴も苦しい体勢で、そのままでは刀は振るえまい。
一旦そこから自分の空間に逃げるか、あるいはそのまま逃走してしまうか。
しかし、空間妖術は封じられている。
「させぬ」
だが、その直後に信じられない事が起きた。
鈴鹿の、鬼の聴力は確かに聞いた。
この本来の姿となっている時の五感、身体能力は非常に高い。
それは各コンテナが五百メートルずつ離れるようにした、その距離でもきちんと聞きつける事ができた。
新巻と猪原の上げた悲鳴を。
どうやら、そいつらもコンテナ内に実体化したと思われる。
「馬鹿な、敵が3体いるのだと?
鳴鈴、これは!」
「怨念の元は一つだろう。
こいつ、お前の目の前にいる奴がそうだ。
そして、そいつを取り込んだ極楽鳥も一体。
だが、そこから極楽鳥が借りてこれたガルーダの力が三つという事だ。
向こう二つは中身の無い、ただのハリボテよ。
それでも、あの二人にとってはとんでもない脅威だ。
まったく非常識な真似をしてくれるな。
これだから情落ちは困る。
こんな話は、今まで我も聞いた事がないのだが」
思わず唇を噛み締めた鈴鹿だったが、『命令』した。
「仕方がない。やれ、【お前達】」
予想もしていなかった妖魔の行動の連続で、大幅に予定が狂った。
さすがに、ここまでとは想定していなかったのだ。
本来の任務の遂行は諦めた。
そうそう、ここまで大掛かりな罠は張れない。
どうしても、ここで仕留めておかねばならないのだが、それは難しくなった。
最低でも、餌だけは救い出さねばならない。
光、いや迸るような斬撃か。
突然、世界に現われたかのようなそれが、全てのコンテナの蓋を切り開いていき、まるで缶切りのように天井部分を切り飛ばした。
せっかく向こうから進んで虜囚になっていたものを、こちらから解放せねばならないとは。
思わず歯噛みする鈴鹿。
そこに在るのは3本の輝く、抜き身の太刀であった。
差し渡し、五メートルはあるだろうか。
宙に浮き、閲兵の時を待つ兵士か何かのように、ただ静かに主の命を待っている。
霊装か?
いや、まるでそれそのものが生命を持ち、自律行動をしているかのようだ。
今も、まるで武士に仕える家臣の如くの所作であると感じるような佇まいを見せている。
刀に所作というのもおかしなものだが、そう表現するしかないものを感じさせる、そのようなオーラ。
これらの刀も、やはり国宝級の素晴らしい造形であった。
「よくぞ来た。
あざ丸、しし丸、友切丸。
我が僕どもよ。
立て、そしてその力、存分に奮うがよい」
そして太刀どもは霊光を纏わせ光輝き、その形を変化していった。
コンテナの中からは、窮屈な世界から解放された怪物三匹が這い出てきて、その羽根を戒めから解き放った。
だが、奴らも逃げるつもりはまったく無いようだ。
奴は敵を認めたのだ。
奴の目的の邪魔をする憎き敵を。
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