早期撤退を目指して
除湿機から等々エンジン音みたいな謎の音がしました。発火しないか心配です。
長い長い螺旋階段を駆け抜けて数十分。やがておれ達の目の前には、禍々しく黒い扉が現れた。恐らく、これが。
「おーおー。見るからーに魔王の部屋っすね」
「あぁ、そうだろうな」
階段に続きはない。特別な仕掛けなどがない限りは、目の前にあるこの扉の先が、魔王の部屋と考えて良いだろう。
一つ大きく息をして改めて覚悟を決める。これから起こるであろう死闘を前に、少しでも余裕が欲しいのだ。
「しっかし、静かっすね」
「あぁ。向こうからすれば、火事の一つや二つなんて大したことないのかもな」
「自分の住んでるところが燃えてたら慌てると思うのですが…」
「いやいや、魔王だからこそ慌てないのかもしれないぜ」
「そうだよ。きっと魔王はこんなことじゃ慌てないんだよ」
「え、こんなことですか?家が燃えるのってこんなことで済むんですか?」
お前ら凄いな。緊張というものがまるで感じられないぞ。敵の大将を目の前にしてよくそんな呑気な会話ができるな。
…いや、わかってるさ。おれはこいつらの隊長だ。きっとこいつらは、こんなたわいのない会話をすることで緊張をほぐしているんだ。そうに違いない。
「だからさ、きっと魔王にとっては家が燃えることなんて日常茶飯事なんだって。ほら、反乱とかで」
「魔法対策の装飾を施しているのに日常茶飯事なんですか?」
「逆だよ、逆。昔よく起きたからあの装飾を用意したんだよ」
「あ、なるほどー!」
「なるほどじゃねぇよ、脳味噌溶けてんのかお前ら」
緊張ほぐしすぎだろ。今の会話なんて、内容があるかどうかすら怪しかったぞ。
「隊長はどう思います?魔王の性格について」
「知るか。どうだっていいだろそんなの。これからその魔王と戦いに行くんだぞ」
「だからこそですよ。分析しておきたいじゃないですか、魔王のこと」
やるとしたらもっと早めにやるべきことだと思うんだがな、それ。というか、魔王についてなら事前にある程度話し合っただろ。
「たく。緊張をほぐすどころか、戦う気力すら失くすとかだったぞ」
「こんなんで失くすってことは、元からそんなになかったんじゃないんですか」
うるせーよ。お前らに言われたかねーよ。
「いいから行くぞ。ミロを取り戻す」
全員が首を縦に動かしたことを確認し、悪趣味なドアノブを回す。
部屋の中には闇が溢れていた。前後左右、360度、どこを見ても真っ暗で、自分の姿すら見失いそうだった。
そうして感覚が鈍くなりそうな暗闇の中を歩いて行くと、今度は急に目の前が眩しくなった。どうやら天井の照明が灯ったようだ。
「おう。来たな」
そして部屋の奥にある玉座に、腰掛けている奴が一体。金髪の男がそこにいた。
「魔王…」
「まぁ、そんな暑苦しい毛皮なんて取っちまえよ。邪魔臭いだろ?」
やはり気づいていたようだな。魔王の目は誤魔化せないといったところか。
「あいつを取り戻しに来たんだろ、わかってるさ。好きにすればいい」
「どういうことだ」
「言葉通りさ。勝手に連れてけばいい。できるものなら、な」
刹那。
背後から猛スピードで何者かが襲いかかってきた。その場でしゃがみ込んで攻撃をやり過ごし、立ち上がる際に回し蹴りを当てて足払いをする。
「やっぱりお前か、ミロ」
攻撃をかけてきたのはミロだった。ミズキコウを襲ってきた時のように、本能的に魔王の下についてしまうということか。だったら魔王から引き離せば何とかなるはずだ。
「何とかして無力化するぞ!」
「おう、手伝ってやろうか?」
「魔王は黙ってろ!」
何だかよくわからないが、戦う相手が少ないならそれに越したことはない。魔王の気が変わらないうちにさっさと撤退させてもらおう。
その場に倒れたミロの手首を抑え、少しでも抵抗する手段をなくす。こうなったら動けるところは限られてくる。脚だ。
「足首も抑えました!」
「キド!」
「ほいっ」
キドはハンカチに薬品を染み込ませ、ミロの口元に押し当てようとする。しかし、おれは失念していた。ままだ抵抗する手段なら残っていたのだ。頭だ。
ミロはその石頭を思い切りキドにぶつけ、更におれにも頭をぶつけてきた。まるで血が噴き出したかのように頭が熱くなる。
「うおっ」
「きゃっ」
手首を抑える力が弱まったせいでミロは上半身を起こし、そのままおれとリコの体をどかした。そして倒れたおれ達の体へとミロは爪を立ててにじり寄る。反撃が、来る。




