リベンジ・ポイズン・ボール
インフルエンザは治りましたが、どこかけだるい感じが抜けません。
体力落ちたなぁ…。
「おい隊長、ミロ行っちまったよ。大丈夫なのか!?」
「心配はいらねぇよ。ここまで放っておいてるのにあの体なのが証拠だ」
先程と同じ、不安が見られない顔で隊長は答える。だが、安心しきっているわけでもなさそうだ。それならば銃にかけた手を固く握りしめるはずがない。つまり、ここはオレたちのサポートが必要となる。
「イオマ、ここで隠れてる奴らをおびき出すようなものって何かないか?」
「あるにはあるんですが…」
そう言ってイオマが取り出したのは野球ボールほどの大きさの黒い球だった。どこかで見たことがある形をしている。思い出そうと記憶をたどっていると、その球を隊長がひょいっと手に取った。
「これ、毒ガス球じゃねーか」
「毒ガス球…」
そうか、思い出した。オーガと戦う前にキードがオレたちに一人一つずつ渡してくれた、あの球か。だがあれは…。
「これって前使った時失敗だったよな、それで渋ってたのか?」
「あれからどれだけ経ったと思っているんですか。違います」
イオマはちらりとミロが飛び込んだ茂みを一瞥し、再び毒ガス球に目を移す。
「ミロに影響がないかなと思って」
「あぁ、なるほどな」
そうか、毒ガス球に入っているガスは魔族にしか効かないように開発された特殊なガス。魔族の遺伝子を持っているミロには悪影響があるかもしれないのか。
どういう基準で魔族にしか効かないようになっているのかはオレにはわからないが、研究者のイオマが悩むということはどう転ぶのかわからないということか。オレも一緒になって悩んでいると、隊長は先ほど手に取った球のスイッチを押し、茂みに投げた。
「隊長!?え、隊長!?」
「何やってんだよ!ミロが死ぬかもしれないぞ!?」
「がたがたうるせぇな。大丈夫だ、ミロは無駄に丈夫だ」
隊長がそう答えた瞬間、四つの影が茂みから飛び出してきた。ミロと、あとは三匹のカラスだ。このカラス、よく見ると足が三つ生えている。もしかして普通のカラスとは違うってことか。
「こいつ、もしかして火烏か」
「カウ?」
隊長が呟いたのは聞いたことがない言葉だった。話の流れ的にこのカラスの名前だろうか。わざわざ名前がついているってことは、こいつはひょっとして魔物か?
「確かに火烏は三本足で火を吐くカラスと伺ってますが、確か金色のカラスでは?」
「勉強不足だな。こいつらは火を噴くときに金色に輝くんだ。まるで太陽みたいにな」
「太陽…」
こんな漆黒なのに、太陽みたいに光るっていうのか。ちょっと見てみたいが、今は弱っているうちに仕留めた方が良いだろう。
イオマが持っている予備の拳銃を借り、脳みそをぶち抜くように頭を狙って発砲する。飛び散った肉塊が頬を掠めるが、気にしてはいられない。確実の息の根を止められるように、続いてもう一発、二発と発砲した。
ぴくりとも動かなくなったカラスを尻目に、オレはミロの方を見た。致命傷ではなさそうだが、確かに毒ガス球はこいつに効いているようだ。医療知識のないおれでもわかるくらいに顔が真っ青で、ふらふらとした足取りでその場に立っている。
「片付いたぜ」
隊長の言葉に振り向くと、残りの二体は隊長とイオマが倒したようだった。血走った目のカラスが、頭から血を流して倒れている。なんだか呪われそうだな、なんて思ったが、魔物を倒して呪われるのならば今頃オレは呪いまみれだろう。あまり気にしないこととした。
それよりもミロだ。体に悪影響とか出ていないだろうか。生物兵器とか隊長は言っていたが、見た目は十分に人間だ。気になって仕方がない。
「ミロ、大丈夫か」
問いかけてみるが、ミロは一言も答えない。やがて後ろで一つ溜息をついた隊長が、ミロに近づいてこう言った。
「ミロ、どこが痛い?」
「ここと、ここと、ここ」
ミロが指をさしたのは、血が出ている二の腕と服が燃えた形跡がある膝下、そして頭だった。
「そうか。ミロ、治せるか?」
「ここは、ながい」
「そうか」
「ながい」と言ったミロは、自らの頭を指さした。頭が治るのが長いってことは、すぐには治せないっていうことか。やはりあの毒ガス球はミロも弱めてしまう効果があるって言うことだな。だが致命傷とかにならなくて本当によかった。
「こいつはおれが背負って行く。さっさと出て、拠点で休むとしようぜ」
「そうですね。元々はゾンビの討伐だけだったはずですし、想定よりオーバーワークです」
確かにそうだな。戦闘はほぼすべてミロが行っていたとはいえ、移動やミロの出生の話とかで精神的にすり減った部分が少しだけある。一度休んだ方がいいだろう。
通ってきた道を帰ろうと、振り向いて道を見る。焦げ付いた地面を見て歩いて行けば、いずれ血に濡れた道にたどり着き、元の場所まで戻れるだろう。
「じゃあ、行くか…」
刹那、オレの背中にぞくりと嫌な寒気が走った。何だろう、嫌な予感がする。どこか恐ろしいような、そんな感覚だ。
寒気の正体はなんだろうか。辺りを見渡してみると、先ほどまでカウが隠れていた茂みの方角に、赤い紋章が浮かび上がっていた。
「マジか…」
そう呟いたのは隊長だ。いつもの飄々とした態度は面影もなく、汗が額から流れている。どうやら隊長もオレと同じ嫌な気配を感じているのだろう。
「隊長、あれって」
「走るぞ」
「え?」
「走れ!今の状況なら逃げるしか…!」
隊長の叫び声は途中でかき消された。最後まで言い終わる前に、胸から腹から血の花を咲かせていた。何が起きたのだろう。再び赤い紋章を見ると、そこにあるのは紋章ではなく、岩のような筒から無数の触手をうねらせている魔物だった。資料で見たことがある。確かこいつは。
「ローパー!」
目の前の魔物はロープのような触手を気味悪くうねらせている。ローパーは勢いよく触手を突き刺し、相手を貫く戦法を取ることがあると聞いた。おそらく、それで隊長の体を貫いたのだろう。
まずいな、オレが持ってきたのは救急箱だけであって、武器は車に置いていて持ってきていない。隊長は倒れているし、メインの戦力のミロはあの様子だ。
こんなことならば、隊長が言っていたようにさっさと走るべきだった。後悔の念が頭を駆け巡る。しかし、そんなことを考えている暇もなかった。ローパーは自らの触手を鞭のようにしならせ、オレに向かって上から叩きつけた。反応が遅れたオレは避けきれることができず、右足に鋭い痛みが走った。
「がっ…!」
何て衝撃だ。叩いただけでこの激痛ならば、血が噴き出ている隊長はもっとひどい痛みを味わったのだろう。
先ほどの衝撃のせいか、痛みのせいか、足が思ったように動かない。死を覚悟した瞬間、再び茂みが揺れ動くのが見えた。まさか、この魔物の増援だろうか。そう思ったが、茂みから現れたのは魔族ではなくごつい鎧を着込んだ男だった。しかし、あの鎧見たことがある。オレと一緒にいたあいつが着ていた鎧と酷似していた。
「新しくこっちに出現した魔物か」
鎧の男はとても低く、冷たく、乾いた、それでいてどこか聞き覚えのある声でそう言った。あの鎧にこの声。まさか、こいつは。
「竜、なのか?」




