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あなたの寿命を、私にください ――世界でたった一人、私だけが彼の死を知っている  作者: Hamin
第2章 魔女と呼ばれて

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8話 王宮からの召喚状

第2章、最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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それから半月後。

村にやって来たのは、今度は神官ではなかった。

白い馬に乗った、王家の使者だった。

使者は、金の封蝋が押された羊皮紙を広げ、広場に集まった村人たちの前で読み上げた。


「リーフェ村のエリアに告げる。国王レオポルド三世陛下の名において、王都アステリアへの出頭を命ずる」


ざわめきが起きた。

使者は続けた。


「数字を変える娘の噂は、陛下のお耳にも届いている。真偽を確かめたいとの仰せだ。また、王女セシリア殿下が病に伏しておられる。殿下の数字は、理由もなく減り続けている。娘に、殿下を診させたいとのことだ」


わたしは、その場に立ちつくした。


◇ ◇ ◇


その夜、ヨハンがわたしの小屋を訪ねてきた。


「エリア。言いにくいんだが……村のしきたりで、王さまのお召しは断れねえ」


ヨハンは、帽子を手の中でくしゃくしゃにしていた。


「昔、お召しを断った村があってな。その年、村の者は誰も寿命を売らせてもらえなかった。パンが買えなくて、冬に何人も死んだ」


「……わかってます」


ヨハンが帰ったあと、わたしは寝台に座りこんだ。

左手の甲を見る。


「残り1年25日」


(王都には、寿命院がある。大神官がいる。行ったら、きっと調べられる。魔女として裁かれるかもしれない)


(それに……)


わたしは、小屋の中を見回した。

かまど。母の残した塩の壺。窓の外から聞こえる川の音。トマの家から漏れる、小さな笑い声。


(やっと、見つけたんだ。わたしがいてもいい場所)


(それを、また失うの?)


≪エリアさん。心拍数が上がっています≫


「……ルカ。わたし、逃げようと思う」


≪どこへですか≫


「わからない。でも、王都に行ったら、もうここには戻れない気がするの」


ルカは、しばらく何も言わなかった。

それから、静かに言った。


≪私には、エリアさんを止める権限はありません。ただ、記録を一つだけ読み上げてもいいですか≫


「……なに」


≪寿命日誌、九十八日分。エリアさんの数字が最も大きく増えた日は、トマさんが回復した朝と、おしゃべりの火に村の人が初めて集まった夜です≫


わたしは、答えられなかった。


◇ ◇ ◇


夜明け前。

川は、墨を流したように黒かった。水面から立ちのぼる冷たい霧が、頬をなでていく。

わたしは医療バッグを肩にかけ、そっと小屋の戸を開けた。

村は、まだ眠っていた。空の端が、かすかに白みはじめている。

川沿いの道を、上流へ。


足音を殺して、あの日目覚めた川辺まで来たとき、わたしは息をのんだ。

岩の上に、小さな人影が座っていた。

杖を膝に立てかけた、腰の曲がった老婆。


「……マルタさん」


「遅かったね。もう少し早く来るかと思ってたよ」


マルタは、川面を見つめたまま言った。


「十九の子は、昔から困ったことがあると、ここに来た。ハンナもそうだった」


わたしは、マルタの隣に腰を下ろした。

川の音だけが、しばらく二人の間を流れていった。


「マルタさん。母さんのこと……知ってたんですか」


マルタは、ゆっくりとうなずいた。


「毎年秋になると、ハンナは隣町へ出かけていった。かごを売りに行くってね。でも、あたしは産婆だ。人の顔色ぐらいわかる。帰ってくるたびに、あの子は少しずつ、年を取っていった」


「どうして、止めてくれなかったんですか」


「止めたさ。そしたら、あの子は笑って言ったよ。『エリアには内緒にしてね。あの子が自分のせいだと思わないように』ってね」


わたしの目から、涙がこぼれた。

自分の涙なのか、この体の持ち主の涙なのか、もうわからなかった。

マルタは、杖の先で川の水をそっとかき回した。


「なあ、エリア。あたしの婆さまの、そのまた婆さまから伝わる、古い言い伝えがある」


「言い伝え……?」


「大昔、数字は揺れるものだったそうだよ。よく眠り、よく食べ、よく笑う者の数字は増え、そうでない者の数字は減った。神さまじゃなく、人が自分で決めていたんだってさ」


わたしは、顔を上げた。


「でも、いつのまにか、誰もそれを信じなくなった。数字を売るようになってからさ」


マルタは、わたしの左手を取った。

しわだらけの指が、手の甲の数字をなでる。


「あんたが来てから、この村の数字は揺れはじめた。それはきっと、この村だけの話じゃない。王女さまの数字だって、減り続けてるんだろう?」


「……はい」


「だったら、行きな」


マルタは、まっすぐにわたしの目を見た。


「あんたの命は、もう村だけのものじゃない」


川の音が、ふいに遠くなった気がした。

風もやんでいた。夜明け前の、すべてが息をひそめているような静けさ。

その静けさの中で、わたしは祖父の声を聞いた気がした。


(本当に大事なことは、静かな、小さな声で聞こえてくる)


(逃げたいのは、怖いから。でも、本当のわたしの声は――)


わたしは、手の甲の数字を見つめた。


「行きます」


声に出すと、胸の奥が不思議と軽くなった。

マルタは、ふん、と鼻を鳴らした。それから、ほんの少しだけ笑った。


◇ ◇ ◇


その朝、王家の使者とともに村を発つわたしを、村じゅうの人が見送りに出た。

ヨハンは深く頭を下げ、ゲオルグ爺さんは杖を振り、女たちは泣きながら手を振った。

トマが、走ってきた。

両手に、小さな壺を抱えている。


「エリアねえちゃん、これ! 母ちゃんが漬けた、すっぱいキャベツ! お腹の仲間に、ごはんあげなきゃだめなんだろ!」


わたしは、声を上げて笑った。

笑いながら、泣いていた。


「うん。毎日、ちゃんと食べるね」


「ぜったい、帰ってきてよ!」


「約束する」


馬車が動き出す。

川沿いの道を遠ざかりながら、わたしは窓から身を乗り出して、いつまでも手を振り続けた。

リーフェ村のわらぶきの屋根が、朝の光の中で、小さく、小さくなっていった。


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