7話 魔女狩り
噂は、川の流れよりも速く広がった。
リーフェ村の数字が増えている。十九の子が、何か妙なことをはじめた。
その噂が隣町の寿命院に届くまで、十日もかからなかった。
◇ ◇ ◇
空は低く曇り、川から吹き上げる風が冷たかった。
その朝、村の入口に現れたのは、白い衣の神官と、槍を持った四人の神殿兵だった。
神官は、まだ若い、青白い顔の男だった。名をベルントといった。
「この村に、神の定めた数字を変える者がいると聞いた」
広場に集められた村人たちは、誰も口を開かなかった。
ベルントは、ゆっくりと人々の顔を見回した。そして、その視線がわたしの上で止まった。
「十九の子。おまえだな」
神殿兵が、わたしの両腕をつかんだ。
医療バッグが、肩から引きはがされる。
(だめ。スマホが見つかったら――)
ルカの声が、耳の奥で一言だけ響いた。
≪エリアさん、私は黙っています≫
それきり、ヘッドセットは静かになった。
髪に隠れた小さな機械に、神殿兵は誰ひとり気づかなかった。
わたしは広場の真ん中の古い柱に、縄で縛りつけられた。
神官がバッグの中身を台の上に並べていく。体温計、包帯、小さなはさみ。そして、黒い板のようなスマホ。
ベルントは、それを指先でつまみ上げ、気味悪そうに眺めた。
「これは何だ」
「……鏡です。遠い町で、買ったものです」
ベルントは、真っ暗な画面に映る自分の顔を見て、鼻を鳴らした。
「くだらん」
スマホは、台の上に放り出された。
わたしは、こっそりと息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「神が定めた数字を変えるのは、禁じられた魔術だ」
ベルントの声が、広場に響いた。
「この娘は魔女だ。神の秩序を乱す者は、寿命院で裁かれる」
村人たちの間に、ざわめきが走った。
「やっぱりそうだったんだ」
「十九の子が、急に人が変わったみたいになって……」
「でも、うちの子はあの娘に助けられたんだよ」
「数字が増えたのは、悪いことなのか?」
声と声がぶつかり合う。人々は、二つに割れていた。
わたしは柱に縛られたまま、その光景を見ていた。
(また、ひとりになるんだ)
(役に立てば、ここにいられると思ったのに)
前の世界で、何度も味わった感覚だった。親戚の家の、冷たい台所。誰の目も、自分を見ていない食卓。
そのとき、甲高い声が広場を切り裂いた。
「エリアねえちゃんは、魔女なんかじゃない!」
トマだった。
小さな体で人垣を押し分けて、わたしの前に立ちはだかる。両手を広げて、神殿兵をにらみつけている。
「ぼくが死にそうだったとき、助けてくれたのはエリアねえちゃんだ! 神さまじゃない!」
「トマ!」
母親が悲鳴のような声を上げた。神殿兵の一人が、槍の柄でトマを押しのけようとする。
その槍の前に、一本の杖が差し出された。
マルタだった。
腰の曲がった老婆は、ゆっくりと神官の前に進み出た。
「神官さま。あたしはこの村で、五十年、子どもを取り上げてきた。だから言わせてもらうよ」
マルタは、柱に縛られたエリアを杖で指した。
「この子がしたのは、水を沸かして、早く寝ろと言っただけだよ。それのどこが魔術だい」
広場が、しんと静まりかえった。
ベルントは顔をしかめた。
「老婆。口を慎め」
「慎んで、五十年生きてきたさ」
マルタの後ろに、一人、また一人と、村人が並びはじめた。
最後に進み出たのは、村長のヨハンだった。帽子を握りしめ、震える声で言った。
「神官さま。……おれの数字が増えたのは、この子のおかげです。おれは何年も、子どものために一年ずつ命を売ってきました。初めて、増えたんです」
ベルントは、しばらく村人たちをにらみつけていた。
それから、ふいに笑った。冷たい笑いだった。
「よかろう。ここで裁くのはやめておく」
神官は白い衣をひるがえした。
「だが、このことは王都の寿命院に報告する。大神官さまが、どうお考えになるかな」
神殿兵たちが去ったあと、マルタが黙って縄を解いてくれた。
手首に残った赤い跡を、トマが泣きそうな顔でさすった。
「ありがとう、トマ。……ありがとう、マルタさん」
マルタは何も答えず、ただわたしの頭に、しわだらけの手を一度だけ置いた。
その手は、思っていたよりずっと温かかった。




