6話 数字が増えた
三か月がたった。
川辺の柳が若い葉をつけ、土手には小さな黄色い花が咲きはじめていた。
その朝も、わたしは目を覚ますとすぐに、左手の甲を窓の光にかざした。毎朝の習慣だった。
そして、手を止めた。
「残り1年20日」
一度、目をこする。もう一度見る。数字は変わらない。
(1年……20日?)
三か月前、この数字は「残り1年0日」だった。そこから毎日一日ずつ減っていれば、今ごろは「残り0年270日」くらいのはずだ。
わたしは寝台から飛び起きて、スマホを手に取った。寿命日誌を、最初から指でたどっていく。
「ルカ。わたしの日誌、全部見て」
≪確認しています。……記録上、四十二日前から、数字の減り方が止まっています。その後、増えています。一日に一日から三日ほどです≫
「増えてる……」
≪取引の記録はありませんね≫
「あるわけない。十九の子の一年なんて、誰も買わないもの」
わたしは、手の甲の数字を見つめた。
胸の奥で、何かがことりと音を立てた気がした。
(数字は神さまが決めた運命で、決して変わらない。村の誰もがそう信じている。でも――)
(もし、変わるんだとしたら)
◇ ◇ ◇
その日の夕方、おしゃべりの火のそばで、最初に声を上げたのは村長のヨハンだった。
「おい……おい、これを見てくれ」
ヨハンは、焚き火の明かりに左手をかざしていた。手が震えている。
皆が、のぞき込んだ。
「残り2年40日」
三か月前、公爵家の使いに一年を売って「残り2年」になった数字。それが減るどころか、増えていた。
「取引なんて、してないぞ。誓って、してない」
ヨハンの声がかすれた。
一瞬の沈黙のあと、あちこちで人々が自分の手の甲を火にかざしはじめた。
「あたしのも、増えてる」
「おれもだ。十日……いや、二十日は増えてる」
冬じゅう誰とも口をきかなかった老人、ゲオルグ爺さんが、自分の手を見つめて、子どものように笑った。
「わしの数字が増えるなんて、生まれて初めてじゃ」
歓声が上がった。
誰かが手を叩き、誰かが泣き、子どもたちは意味もわからずに火のまわりを跳ねまわった。
わたしも、笑っていた。
(よかった。本当に、よかった)
けれど、その歓声の中に、小さな声がまじっていた。
「……でも、なんでだ」
「神さまが決めた数字が、なんで変わる」
「あの子が変わってからだよな。水を沸かせだの、早く寝ろだの」
笑い声が、少しずつ、ささやき声に変わっていく。
「あの娘は、何をしたんだ」
わたしは、焚き火の向こうから自分に向けられた目に気づいた。
感謝の目と、恐れの目。その二つが、同じ顔の中にまじっていた。
マルタだけが、火の向こうで、黙ってわたしを見ていた。




