28話 差し出す手
黒騎士の剣が、アルベルトさまの剣を、はじき飛ばした。
銀色の剣が、くるくると回りながら宙を舞い、階段の下の石畳に突き刺さる。
アルベルトさまが、階段の途中で片ひざをついた。
「アルベルトさま!」
わたしは、石段から駆け下りていた。影の騎士たちのあいだをすり抜け、舞台の階段へ。
影が、足もとに絡みついてくる。
冷たい。
骨の芯まで凍りつくような冷たさ。
足首のあたりの肌が、ひりひりと乾いていくのがわかった。
≪エリアさん、戻ってください! 影の中では、時間が――≫
(ごめんね、ルカ)
わたしは、走り続けた。
黒騎士は、剣を振り上げたまま、動かなかった。
まるで、何かを待つように。
その足もとで、影が、渦を巻いている。
アルベルトさまは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、黒騎士の横を、祭壇へ向かって階段を上りはじめた。
剣を持たず、両手を空にして。
黒騎士は、止めなかった。剣を振り上げたまま、すれちがう彼を、ただ兜の奥から見つめていた。
「アルベルトさま、何を……」
彼は、祭壇の前で立ち止まり、黒い革手袋を外した。
数字のない手。
いや、わたしにだけ見える、「残り0日」の手。
「百年前と、同じことをする」
振り向かずに、彼は言った。
「私に残っているものを、すべて差し出す。存在そのものを。そうすれば、もう一度だけ、刻蝕を封じられる」
「だめ! 約束したでしょう! いっしょに生きるって!」
「すまない、エリア」
彼の背中が、かすかに震えていた。
「私は、やはり、こういう男だった」
アルベルトさまは、数字のない左手を、祭壇の古い文字の上に置いた。
文字が、白く光りはじめた。
百年前と同じ光。
彼の体の輪郭が、少しずつ、ぼやけていく。
光の中に、溶けていくように。
(いやだ)
(また、一人で行ってしまう)
(リアナさんを置いていったときと、同じように)
わたしは、祭壇へ飛びついた。
彼の左手の上に、自分の左手を重ねる。
「だったら、わたしのを使って!」
「エリア、やめろ!」
「わたしの命を、全部あなたにあげる! そうすれば、あなたは消えなくてすむでしょう!」
左手の甲が、焼けるように熱くなった。
わたしの数字が、光の粒になって、彼の手へ流れこんでいく。
「残り2年180日」
「残り1年90日」
「残り0年200日」
数字が、減っていく。
体から、力が抜けていく。
ひざが、がくりと折れた。
それでも、わたしは、手を離さなかった。
(これでいい)
(誰かのために、命を差し出す。わたしには、それしか――)
そのとき、わたしは気づいた。
(あれ……?)
(わたし、また、同じことをしてる)
濁流の夜。
寿命庫の地下。
そして、今。
隣で、アルベルトさまも、同じ顔をしていた。
光の中に溶けかけながら、わたしの手を、必死に振りほどこうとしている。
わたしを生かすために、自分を差し出そうとしている。
二人とも。
誰かのために、自分を差し出すことしか、知らなかった。
「残り0年3日」
「残り0年2日」
「残り0年1日」
そして。
数字が「0」に変わろうとした、その瞬間。
世界から、音が消えた。




