25話 リアナの手紙
その日の昼すぎ、伯爵さまが、わたしの部屋の扉を叩いた。
「エリア。少し、いいかね」
伯爵さまは、杖をついて部屋に入ってくると、東向きの大きな窓の前に立った。
秋の日差しが、部屋の床に、長い光の帯を落としていた。
「この部屋が、昔、リアナの部屋だったことは、話したかね」
「……はい。なんとなく、そうだろうと思っていました」
伯爵さまは、うなずいた。
それから、部屋の隅の、古い書き物机に歩み寄った。
わたしがここへ来てから、ずっと使わせてもらっている机。
伯爵さまは、引き出しを一つ、すっかり抜き取った。
「ゆうべ、おまえが寿命院に連れていかれたと聞いて、わしは眠れなくてな。この部屋に来て、ずっと座っておった」
伯爵さまは、引き出しの抜けたあとの暗い穴に、手を差し入れた。
「そうしたら、思い出したのだ。子どものころ、祖母から聞いた話をな。リアナ大叔母は、この机の奥に、誰にも見せぬ宝物を隠していた、と」
伯爵さまの手が、何かをつかんで出てきた。
小さな、古い木の箱だった。
ほこりをかぶった、手のひらほどの箱。
◇ ◇ ◇
伯爵さまが、ふたを開けた。
中には、二つのものが入っていた。
一つは、銀の剣の形をした、小さなブローチ。
肖像画の中で、リアナさんの胸もとに光っていたブローチだった。
もう一つは、封をしたままの、黄ばんだ手紙。
表には、色あせたインクで、こう書かれていた。
「アルベルトへ」
わたしは、息をのんだ。
「届かなかった手紙だ」
伯爵さまは、静かに言った。
「リアナは、これを、婚約者が帰ってきたら渡すつもりだったのだろう。だが、その日は来なかった」
伯爵さまは、箱ごと、わたしの手の上に置いた。
「エリア。これを、おまえに託したい」
「わたしに……?」
「わしは、年寄りだが、目は悪くない」
伯爵さまは、やわらかく笑った。
「あの騎士団長が、この屋敷の門をくぐるとき、どんな顔をするか。おまえを見るとき、どんな目をするか。わしは、ずっと見ておったよ」
「……」
「百年前の婚約者の名は、一族にも伝わっておらん。だが、わしには、そんなことはどうでもいい。この手紙を、届けるべき人に届けておくれ」
◇ ◇ ◇
伯爵さまが部屋を出ていったあと、わたしは、長いあいだ、その手紙を見つめていた。
封は、百年前のまま、閉じられていた。
(わたしが、開けていいものじゃない)
そう思った。
でも、封筒の角が、少しだけ破れていた。
百年の年月で、紙がもろくなっていたのだ。
そのすきまから、中の便せんの、最後の数行が見えていた。
読むつもりはなかった。
けれど、目が、勝手にその文字を追っていた。
「英雄にならないで。
生きて、年をとって、笑って。
もし、あなたが一人で生き残ったなら、
どうか、もう一度、誰かを愛して」
わたしは、手紙を胸に抱きしめた。
(リアナさん)
窓から差しこむ秋の光の中で、わたしは、声を殺して泣いた。
(この人は、待っていただけじゃなかったんだ)
(あの人が、一人で生きることになっても、また誰かを愛せるように、願っていたんだ)
(わたしは、リアナさんの代わりなんかじゃない)
(リアナさんの願いを、受け取る人なんだ)
手のひらの上の、銀の剣のブローチが、窓の光を受けて、小さくきらめいた。
≪エリアさん≫
ルカの声が、やさしく響いた。
≪騎士団長の残りの日数は、今朝の記録で、「残り26日」です≫
わたしは、涙をぬぐって、立ち上がった。
「ルカ。行こう」
≪はい≫




